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名前「…あっ、雨も小降りになってきたみたいですし!私、そろそろ帰りますね!」
松「あら、そう?」
名前「はい!着物は明日お返ししますので」
松「ええ、待ってるわ」
名前「すみません、何から何までありがとうございました!」
松「いえいえ。気をつけて帰るのよ」
名前「はーい!一君もいるので大丈夫ですよ!じゃあまた明日来ますね」
まるで何かから逃げるように早口で捲し立てた名前。
お松にペコッとお辞儀をしてから、慌てた様子で斎藤と共に店を出た。
しかし、小降りになったとはいえども未だ雨は降り続いており、傘を持っていない名前は軒下で直ぐに足を止めることとなる。
すると、スッと名前の目の前に傘が差し出された。
名前「…一君?」
斎藤「…すまぬ、焦っていた故にあんたの分の傘を持って来るのを忘れてしまった。これを使うといい」
名前に傘を差し出したのは、勿論斎藤である。
しかし名前は、その傘に手を伸ばさなかった。
名前「そんなの駄目だよ、一君が濡れちゃうよ」
斎藤「俺の事は気にするな、この位の雨など大した事は無い」
名前「私だって大丈夫だよ」
斎藤「あんたは女子だろう、体を冷やすべきではない」
名前「一君が風邪引いちゃう方が私は嫌だよ」
斎藤「俺はそれ程柔では無い」
頑として譲らず、首を縦に振らない二人。
喧嘩というわけではないが、何やら言い合いが始まった。
どちらも妙な部分で頑固なのである。
折れる気配の無い斎藤を見て、どうしたものかと名前は眉を下げる。
そこでふと、とある案が名前の頭に浮かんだ。
名前「…あ!じゃあ一緒に入ろうよ!」
斎藤「っ、!?」
─── と、いうわけで……。
名前「…あの、一君?肩濡れちゃってるけど…」
斎藤「…い、いや、この位大したことはない」
名前「…だいぶ濡れてるけど…」
紺色の傘の下で並ぶ、二つの背中。
しとしとと静かに降る雨の中、一つの傘の下で身を寄せて歩く。
…といっても、一人は傘から半分以上体がはみ出しているが。
名前とて、二人で一本の傘に入るのが恥ずかしくないと言ったら嘘になる。
ましてや、好意を抱いている男となんて。
だが彼女にとっては、斎藤に風邪を引かれる方が重大な問題なのだ。
しかし結局斎藤は名前の方に大きく傘を傾けており、自分はほとんど入っていない。
二人の間には妙な距離が空いていた。
斎藤としては、名前への気遣いと恥ずかしさの両方があるからこその行動なのだろうが…。
名前「(なんか、ここまで露骨に距離空けられるとちょっと傷つく…)」
勿論斎藤が自分を気遣ってくれていることはわかるのだが…乙女心とは複雑である。
とほほ、と名前がこっそりため息を吐いた時であった。
永倉「 ─── お、いたいた!おーい、名前!斎藤!」
名前「…あれっ、新八さんだ」
黒い大きな傘の下でブンブンと手を振りながら、こちらに駆け寄ってくるのは永倉であった。
その手には臙脂色の傘 ─── 名前の傘を持っている。
永倉「名前見つかったんだな!何事も無くて良かったじゃねえか、斎藤!」
斎藤「…ああ」
駆け寄ってくるなり、永倉は白い歯を見せて笑いかける。
斎藤はというと、自分が早とちりをしてしまった事を恥じているのか、目を伏せて小さく頷いただけであった。
そんな彼らを見て、名前は首を傾げた。
名前「あれ、新八さんはどうしたの?それ、私の傘…」
永倉「ん?ああ、平助から辻斬りの話を聞いてな。お前が戻らねえとか言って斎藤がそりゃもうすげぇ勢いで出て行くもんだからよ、こっちまで心配になっちまってな。皆と手分けしてお前を探してたんだ」
名前「えっ、そうだったの!?」
まさか自分が戻らなかったせいでそれ程の大事になっているとは思わず、名前は素っ頓狂な声を上げた。
しかも、斎藤が誰よりも早く名前を探しに来てくれたとは…。
驚いて斎藤の方を見れば、彼は顔を逸らして襟巻きで口元を隠してしまっていた。
心配をかけてしまったのは申し訳ないが…そんな話を聞くと、やはり嬉しくなってしまう。
思わずにやけてしまいそうになった名前だったが、その衝動は何とか堪えた。
名前「なんかごめんね、皆にも心配かけちゃったみたいで…。雨が酷くて雨宿りしてたの」
永倉「そうかそうか!なぁに、気にすんなって!この雨じゃ仕方ねえしな!ほら、お前の傘だ」
名前「ありがとう、新八さん。一君もごめんね、傘ありがとね」
斎藤「…ああ」
名前は永倉から臙脂色の傘を受け取って傘を差し、するりと斎藤の傍から離れる。
何だか名残惜しいような気持ちもあったが、それ以上に斎藤が迎えに来てくれたことが嬉しかった名前は、いつもよりも浮き足立って歩いていた。
永倉「…そういや、総司が怒ってたぜ。『僕にどれだけ心配かければ気が済むの』ってよ」
名前「げ」
先程までの喜びは何処へやら。
永倉の言葉に一気に名前の顔が引き攣った。
そして結局、帰ってから名前は沖田に怒られてしまうのであった……。
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