銀桜録 試衛館篇 | ナノ


2

──── 名前の帰りが遅い。
素振りをしながら、斎藤はふとそんな事を考えた。

普段なら一刻もすれば帰ってくる名前が、未だに帰ってきていないのである。
彼女は稽古好きで早く帰ってきて稽古をしたいせいか、普段なら商売が終わったら真っ直ぐ道場へ帰ってくるはずなのだ。

しかも外は四半刻ほど前から雨が降り続いており、雷鳴が轟いている。
そういえば名前は、此処を出る時に傘を持って行かなかったはずだ。
もしかしたら、この土砂降りと落雷で足止めを食らっているのかもしれない。
傘を届けに行った方がいいだろうか、と斎藤が考え始めた時であった。


藤堂「 ─── あー、すっげえ雨!ずぶ濡れだ…」


何処かに行っていたらしい藤堂がバタバタと走ってやって来た。
藤堂は全身ずぶ濡れであり、手拭いで己の長い髪の水分を拭き取っていた。


原田「お、何処かに行ってたのか?」

藤堂「ああ。休憩がてら、ちょっと久しぶりに散歩に行こうかと思ってさ。そうしたら急に降り出すもんだから参っちまったよ…」

永倉「雨男なんじゃねえのか?」

藤堂「いやいや、オレはどっちかって言うと晴男だって!」


雨の中を走ってきたのか少しだけ息が乱れている藤堂はその場にどっかりと座り、濡れた着物を拭き始めた。


沖田「着替えたら?それじゃ風邪引くよ」

藤堂「あー、そうだな。気持ち悪いし着替えるか…」


沖田の言葉に頷いて再び立ち上がった藤堂。
しかし、彼はふと何かを思い出したような顔になった。


藤堂「…そういや、町の人の話をちょっと耳にしただけなんだけどさ。ここ数日で辻斬りがやたら起こってるらしいぜ」

斎藤「…辻斬り?」


藤堂の言葉に斎藤はピタリと素振りを止め、彼に視線を向ける。
それは皆も同じで、各々練習を止めて彼の方を向き、話の続きを促していた。
藤堂はこくんと頷いてから話を続ける。


藤堂「ああ。なんでも、女子供ばかりを狙ってるらしい」

原田「…女子供を、だと?なんて下衆な野郎だ、男ってのは女子供を守る為にいるんじゃねえのか」


藤堂の言葉に憤りを見せるのは原田である。
彼は他の者達と比べても特に女性や子供などの弱い者を尊重しているようで、彼の声には本気の怒りが現れていた。


藤堂「しかも、決まってこういう天気の悪い日に起こるみたいなんだよ」

永倉「計画的だな、視界の悪さを利用してんのか」

藤堂「多分。さっきも町の何処だかで女の死体が見つかったって話してる奴らがいたぜ。雨が酷かったからオレは帰ってきちまったけどさ…」

原田「そうか。一応近藤さん達にも伝えた方がいいかもしれねえな」

藤堂「そうだな。着替えたら伝えておくよ」


原田の言葉に藤堂は頷いた。

女子供を狙う辻斬り、そして視界の悪い日に行われる犯行。
見つかった女の死体。
そして…帰りの遅い名前。

斎藤の脳内で嫌な繋がりが出来上がる。

まさか…まさかとは思うが。


" 名前「一君っ!」"


にこりと柔らかな笑みを此方に向けてくれる名前の姿が、斎藤の脳裏を過ぎった。
しかし脳裏の彼女は、何処か遠くへと行ってしまって ─── 。

次の瞬間には、斎藤は木刀を置いて刀を腰に差し、足早に道場を出て行く。


永倉「お、おい斎藤!?どうしたんだよ、そんなに慌てて」

斎藤「…名前が戻らぬのだ。探しに行く」

沖田「えっ、名前が…?」


永倉に呼び止められ、簡潔に事情を伝えた斎藤。
それに対して沖田が反応を示した時には、もう既に斎藤はその場から去っていた。

自分の傘を差し、土砂降りの中を町へと急ぐ。
試衛館は町の外れにある。
今の斎藤にとっては、町までの道のりはまるで国を越える程に長く感じられた。

普段は余程緊急ではない限り走らない斎藤だが、今は風を切って駆け抜けていた。


斎藤「(名前……どうか、無事でいてくれ……!)」


心の中で、ひたすら強く祈りながら ──── 。


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