銀桜録 試衛館篇 | ナノ


3

名前「……ん、う……?」


くぐもったか細い声が、微かに聞こえた。
ハッとして沖田と斎藤が其方に目を向けると ─── 。

そこには五日ぶりに目にする、とろんとした焦茶色。


斎藤「っ!」

沖田「っ、名前!?」

名前「……そー、ちゃん……はじめ、くん……?」


沖田と斎藤が名前の顔を覗き込むと、焦点の合わない目が二人を捉えた。
顔は少しだけ赤いが、その様子は随分と楽になったように見える。


沖田「名前…良かった…本当に、良かった…」

名前「……そーちゃん……ど、したの……」

沖田「…どうしたの、じゃないよ馬鹿」


沖田の声が微かに震えている。
名前の華奢な腕がゆっくりと伸びて、沖田の頬を優しく撫でた。
その小さな手を、沖田はぎゅっと握り締める。


名前「……そーちゃん……お水、ほしい……」

沖田「…ん。今持ってくるから。近藤さん達も呼んでくるから、少しだけ待ってて」

名前「……ん、……」


沖田が名前の頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうに顔を綻ばせた。

この子をお願い、と沖田は斎藤に目配せをすると、足早に部屋を出ていく。
その姿を見送っていた焦茶色が、ゆっくりと斎藤を捉えた。


名前「……はじめくん……」

斎藤「…ああ。体の具合はどうだ」

名前「……平気、だから……顔、よく見せて……」

斎藤「……」


斎藤は一瞬躊躇いを見せるが、彼女の顔の近くへと、ほんの少しだけ己の顔を近付ける。
彼女の焦茶色の瞳に斎藤の顔が映った。

漸く頭が回るようになってきたのか、名前はいつものような優しい笑顔をふわりと浮かべた。


名前「……一君だ……なんだか凄く、久しぶりな気がする……」

斎藤「…あんたは五日も眠っていたのだ」

名前「……そんなに……?」

斎藤「ああ。…目が覚めて、良かった」


名前の瞳に映った斎藤は、酷く安堵した表情をしていた。
そんな彼の頬に名前の手が伸びてきたかと思うと、ゆっくりと斎藤の頬を撫でる。
斎藤はその手を静かに取ると、ぎゅっと握り締めた。

すると、何かに気づいたように名前は目を見開く。


名前「……もしかして、手握ってくれたのって……一君?」

斎藤「…すまぬ。痛かったか?」


名前の言葉で、先程彼女の手を血の気が引くまで強く握り締めていた事を思い出した斎藤。
その事を謝れば、名前はゆるりと首を横に振った。


名前「……ずっと夢を見てたの。真っ白な空間をひたすら走ってた。何処かで私を呼ぶ声がずっと聞こえてたんだけど、全然わからなくて。…だけどね、私の手を握ってくれた人がいたの。その人が、私の手を引いて歩いてくれて…もしかしたら、一君だったのかも」


やはり彼女は、生死の淵をさ迷っていたのかもしれない。
もし彼女が夢の中でその手に引かれず、一生目覚めなかったらと思うと…考えただけでも恐ろしい。


斎藤「…あんたの目が覚めるよう祈ることしか出来ず、もどかしかった」


斎藤は、ゆっくりと名前の顔に手を伸ばす。
そして体温を確かめるのように、彼女の頬に手を滑らせた。

普段であれば、斎藤が女子の顔に手を伸ばすなど絶対にしない。
だが今は彼女が起きてくれた事で張り詰めていた緊張感が解けて、押し寄せる安堵感に身を任せてしまったのである。


斎藤「…本当に、良かった」


名前の瞳が嬉しそうに細められ、無意識なのかすりすりと斎藤の手に擦り寄ってくる。
その表情を見ていると斎藤の心臓は何かに締め付けられるように痛み、切なさに胸が突き上げられたような感覚に襲われた。

それでも、今は彼女から手を離したくない。
そんな思いに駆られ、斎藤は未だ少し体温の高い彼女の頬を何度も撫でる。

すると、ドタドタと騒がしい足音が近付いてきた。
そして勢いよく襖が開き、


近藤「 ─── 名前っ!!」


近藤の力強い、そして嬉しそうな声が響き渡った……。

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