朝顔
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「帰ってこないわ」

その言葉を呟いたのは、セツではなかった。
いつの間に来ていたのだろう。モエが黒いサマードレスを着て、セツの後ろに立っていた。浮かべているのは、妖艶な笑み。

「……どういう、こと……?」

何を言われているのか分からなくて戸惑う私に、セツとモエは互いに見つめ合うと、満面の笑みをたたえた。
美しくて、魅惑的で、儚い微笑を――。
一歩後ずさる私に、モエはゆっくりと赤い唇を動かして言った。

「帰ってこないわ。おじさまは、もう」

その後を、セツが続ける。

「思い出してよ、姉さま。大みそかの夜に、何があったのか」

「わたしと」
「僕と」

そう言いながら、2人は一歩ずつ私の方へと足を進めた。

「姉さまとで、何をしたのか、思い出して……?」

私はそれに合わせるように一歩ずつ後ろへと下がる。これ以上下がってしまったら、朝顔を踏み潰してしまうというところまで行った時に、セツに腕を掴まれた。
セツは、私を引き寄せて抱きとめると、耳元で囁いた。

「朝顔の種の幻覚は、もうとける頃だよ」

まるで、私にかかっていた魔法を解くようにそう呟くと、とんと私の肩を押した。バランスを崩した私は、地面へと崩れ落ちる。
目の前にあるのは、茶色い地面と、支柱に絡まるようにして長く伸びているたくさんの蔓。

「大みそかの夜に、何をした?」

歌うようなモエの言葉に、私はゆっくりと視線を上げた。私を微笑みながら見下ろす、モエとセツの姿が目に入る。
2人が、何を言っているのか分からない。

大みそかの夜に、一体何があったっていうの?

あの日は、そう。おじさまとセツとモエとみんなで年越しをするために晴れ着に着替えて居間へと向かって――。
居間へと向かって、それから……。それから、どうしたの? おじさまはいつもの笑顔で私を迎えてくれた?

いいえ、違う。居間へはいかなかった。けれど、おじさまには会った。

それは、どこで? 私は、どこでおじさまと会ったの?

ハッとして、私は2人の顔を見る。けれど、今度は逆光になって、2人の表情を読み取ることができなかった。

「思い出した? 姉さま」
「姉さまはあの日、狂宴の扉を開けたでしょう?」

2人の言葉に、脳裏に浮かんだのは真っ赤な世界。
赤い血の海で踊る――おじさまの、姿。

「……嘘……」

唇が震えて、上手く言葉になったのかは分からなかった。唇だけではない。指先も、腕も、足も。――全身が、震えていた。

「嘘かどうかは、姉さまが1番分かっている」
「だって、あの時おじさまの胸に」

「やめて!!」

それ以上聞きたくなくて、私は耳を塞いだ。けれど、その手は両側から、セツとモエの力強い腕によってはがされる。
どうしてこんなことになってしまったのか分からなくて、私はただ頭を振ることしかできなかった。

両の耳から、2人の声が注ぎ込まれる。それは、私が犯してしまった罪を暴く言葉。

「そこにあるのは、本当に、朝顔……?」

2人の言葉に、私は目を閉じることしかできなかった。見ては、いけない。

――見てはいけない。

私は朝顔の花を。瑠璃のように青く咲く朝顔の花を見に来たのだ。今年は、瑠璃のような花は咲かなかったけれど、代わりに赤黒い花が咲いていた。
でも、それは。

「姉さま。ねえ、目を開けて?」
「そこにあるものが、真実だよ」

2人の言葉に、惑わされてはいけない。私は、赤黒い花を見た。花びらが幾重にも分かれている、朝顔らしくは無い花を見た。ただ、それだけのことだ。

――見ては、いけない。

「姉さま。目を、開けて?」

そう思っているのに、どうしてだろう。心と身体はうらはらなのだろうか。嫌だと思っているのに、ダメだと思っているのに、どうしてか私はゆっくりと目を開けていた。

「ほら、見て」

可憐に微笑うモエに促されて、私は、それを

――見て、しまった。

見てはいけなかった。見ては、いけなかったのだ。なのに、私は見てしまった。それを。そこにある、それを。朝顔なんかでは決して無い、それを。

どうして朝顔だと、花びらだと思っていたのだろう。撫で続ければ、指先から血が出るのも当たり前のことで。
そこにある、それは。

それは――おじさま。

正確に言うのならば、おじさま「だった」もの。絡みつく蔓の中に放り投げられた、おじさまの……残骸。

悲鳴が出たのなら、気を失うことができたのなら、どんなにか良かっただろう。
けれど私はそうすることができなかった。
それだけではない。どうしてか私の喉からは、笑い声が零れ落ちていた。

「嬉しい? 姉さま」
「姉さまも、やっと僕らの仲間だ」

美しく、魅惑的に微笑む2人に向かって、私の口は勝手に言葉を紡いだ。
自身から発せられたその言葉に私が衝撃を受けているというのに、セツとモエはその言葉を聞くと満足気に微笑んだ。その微笑みは、まるで私の身体を絡め取るかのようだった。
気づけば、私の口の端からも笑みが零れ落ちていた。


――朝顔の下には、何が埋まっているの?





花言葉:貴方は私に絡みつく

 

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