寒椿
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僕は黒いドレスの人形をむずと掴んだ。
引き倒し、持っていた銀のナイフで埃にまみれた黒いドレスを裂いた。
剥き出しになる白磁の肌。盛り上がる乳房。
けれど。けれど、そこに血の通った温かみはなかった。ぬくもりが、なかった。
僕は、ナイフの刃を乳房に突き立てた。

さくり。

……血は、流れなかった。白い肌の上を深紅のそれが伝うことはなかった。
僕は、何度もナイフを突き立てた。

さく、さくり。

いつものように。
いつも僕がここで、あの行為を行う時のように。
真っ赤な血が僕の心を鎮めてくれる、あの神聖な儀式のように。
けれどけれど、どうしてだろう。白磁の肌に血は流れない。
白いその肌に、深紅のそれは浮き上がらない。
僕は、人形の手を取った。指の先にある、青白いそれを撫ぜた。
ずっと恋焦がれていた、その爪を――。
硝子の瓶に入っていた、どの「それ」よりも美しく麗しい――爪を。
なだらかな曲線を描き、磨き上げられた「それ」は、僕の理想そのものであった。
けれど、それは血が通っているからであって。
その下に、熱い血潮が流れているからであって。

それを剥ぐ時の恍惚。
それを剥ぐ時の高揚。
それを剥ぐ時の興奮!
剥いだ後に残る、肉の柔らかさと温かさと流れ落ちる深紅が、より僕の胸を高鳴らせるのだ。
ただの塊にすぎないその人形に「それ」があったところで。
僕の胸は何も感じない。
むしろただの塊に「それ」があることがひどく憎く思えるのだ。
理想であったそれは、いつしか嫌悪の、憎悪の対象に変わっていた。
これは、人が持つから麗しいのであって。
これは、人が持つから美しいのであって。
この下に、血と肉があるからこそ興奮するのであって。
突き立てるナイフは、音を立て続ける。

さくり、
さくり、
さくり。

バラバラになっていく人形の肢体に、もう一度ナイフを突き立てようとした時だ。
虹色だった眼に、光が入った。
色づいた頬。歪められた唇。
紡がれる言葉。

「約束を、違えたあなたが悪いのよ」

初めて聞く、それは黒いドレスの少女の声だった。

さくり。

僕がナイフを振り下ろしていないのに、どこからかその音は聞こえてきた。
ぽたりと、赤い滴が白磁の肌の上に踊る。
腹部に感じる、熱。
――熱い?

「もう、望月の夜ではないのに」

背後から聞こえてくる、白いドレスの少女の声。
そちらを見やると、顔だけのまま、唇が動いていた。

「約束を違えた代償は受けてもらわなければ」

白いドレスの少女の唇から紡がれているはずなのに、その声は次第に青年のものへと変化していった。
腹部の熱は、痛みを伴って襲ってきた。

「私には退屈な話ばかりだったけれど、珍しく楽しそうなセツが見られたことには感謝しましょう」

身体の下の、黒いドレスの少女の指先が、僕の腹の中へと埋まっていく。
けれど、はたりとして、少女は指先を勢い良く引き抜いた。
背中を、痛みが電流のように走っていく。そしてまた、白磁の上に滴り落ちる僕の、赤。

「ああ、あなたはこちらがお好みだったかしら?」

きらりと光ったのは、先ほどまで僕が持っていたナイフ。
僕はその刃先から目が離せなかった。

「少しくらい、愛嬌をみせてはどうかな、モエ」

「嫌いな人間に笑ってみせるのが苦手なの、知っているでしょう?」

「でも、その人間は随分僕らに焦がれていたようだったから」

「……セツが、そう言うのなら」

さくり。

左胸に痛みが走る。
ナイフが、深く僕の胸に突き立てられていた。
そして、少女の顔を見やると――。

僕の深紅をその身に散らしながら、少女は、妖艶に微笑んでいた。
一度も見せたことのない、その笑顔。
白い肌の上の、深紅。
高揚する僕の胸。
高く、たかく、鳴りひび、く……。

視界が霞んでいく。
耳に残るのは、ただ一つの音。
ナイフがこの身に、突き立てられる、その音。


さくり、
さくり、
さく。


それは、雪を踏みしめる音にも似た―――。



花言葉:謙譲、愛嬌


 

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