壺珊瑚
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そんなことを考えながら庭を散歩していたモエの目に、その姿が飛び込んできた。
薄い藍色の単の裾をはたはたと風になびかせながら、サキがテラスの長椅子に横たわっていた。午睡をしてるのだろうか、漆黒の瞳は今は閉じられている。
モエは、ゆっくりとサキの方へと歩を進める。眠っているのなら、その瞳が拒絶の色を浮かべることは無いだろうと、いつにも増してサキの傍へと近寄った。
午後の日差しを受けたサキの顔は、ほんのりと頬が薄紅色に染まっていて透き通るような白い肌を、より一層白くきらめかせていた。
モエの口からは、思わず嘆息が漏れる。

――綺麗。

知らず知らずの内に、モエはサキの頬に触れていた。滑らかな柔らかい白い肌の感触と熱が、掌に伝わる。モエは、自身の鼓動が次第に早くなっていくのを感じていた。そして、緊張からなのか口の中が渇きを覚えていくのも。
じっと、モエはサキの顔を見つめる。掌はサキの頬に吸い付いてしまったかのように離れない。

このまま、瞳が開かなければ良いのに。拒絶の色を浮かべることなく、こうして傍にいられるのならば、ずっと瞳を閉じていて構わない。

そう思ってしまう傍らで、もう一人の自分が正反対のことを考えているのを、モエは知っていた。

――瞳が、開けば良いのに。拒絶の色を浮かべられたとしても良い。あの、吸い込まれそうな漆黒の瞳を見つめていたい。

そんなことを考えていたからだろうか、サキの瞼が小さく震え出した。いざ目を覚ましてしまうのでは無いかと思うと、その瞳に浮かぶ色を想像することが恐ろしくて、モエは素早く掌を離す。サキが目を覚まさないようにと願いながら、モエはゆっくりと後ずさりしながらその場から離れた。
それでも、姿が見えなくなってしまうことが名残惜しかったモエは、木陰からじっとサキの姿を見つめていた。
今も掌にはまだ、サキの熱が残っているような気がする。
どうして頬に手を伸ばしてしまったのか分からなくて、自身の掌とサキの姿を交互に見つめていると、黒いスーツの影が視界の隅に映った。
おじさまが、帰ってきたのだ。
おじさまは、慈しむように優しくサキの額に触れる。後姿でその表情を伺い知ることはできないが、きっと口元には優しい笑みを湛えているに違いない。
額に触れていた掌を、今度は頬へと滑らせた。
そこは先ほどまでモエが触れていた場所で、モエはどうしてか心中に黒い靄のようなものが浮かんでくるのを感じた。
おじさまは、今度はサキの黒髪を優しく撫でる。そうして跪くと、サキの手の甲にくちづけた。それはまるで、姫が眠りから覚めることを懇願している騎士のようにも見えた。
おじさまが手の甲にくちづけたからではないのだろうが、サキがゆっくりと長椅子から上半身を起こす。何回か瞬きをした後、目の前におじさまがいることに気がつくと目を丸くさせて驚いていた。けれど、その目はすぐに細められた。
そして、あの、決してモエには向けることのない表情を浮かべて、サキは微笑んだ。――花が咲いたような満面の、笑み。
それを見た瞬間に、モエは胸の中にあった黒い靄が身体中をかけめぐっていくのを感じた。
黒い、暗い、淀んだ澱のような感情が後から後から湧いてくる。止めようとしても、自分の中から湧き上がってくるものなのに、自分の手ではどうすることも出来ない。
気づくとモエは、その場から逃げるように駆け出していた。

 

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