初夢とは元旦の夜…つまり、今晩見れる夢のことを指す。 「で、物は相談なんだけど。今晩、梅若と一緒に寝かせて欲しいんですよ。」 捻眼山を統べる彼の、長い黒髪に隠れていない切れ長の瞳が細まり、怪訝な色も浮かぶ。 「…こんな夜更けにどういう風の吹きまわしだ、あやめ。嫌に積極的ではないか?」 「ちょっと変な勘違いしないで下さいまし。アダルティーに微笑まないで下さいまし。」 妖艶に唇を歪めにじり寄る彼から十分に距離を取る。 新年早々、色気たっぷりに迫らないで頂きたい。 「そんなんじゃなくて!ただ普通に一緒に寝たいだけなんだって!プラトニックに行きましょう、プラトニックに!」 必死に言い募った甲斐あって、梅若から立ち上る妖気は霧散。 代わりに少し不満そうな気配を感じたが、知らんぷり知らんぷり。 「初夢に見ると縁起いい物を一富士二鷹三茄子って言うよね。でもそれは、一般的には。私にとっての縁起物はさ、」 子供の様に少し拗ねた彼に寄り添い、呟くのは。 「一捻眼二牛三梅…なんです、よ。」 …我ながらクサいこと言ってるな。地味に恥ずかしい。頭の中は貴方で一杯だと、当人に告白するのは。 そう、私の脳は全てを彼に帰結させる。 だって、初夢に一富士以下略を見れば、その年は幸せなんでしょう? だったら私は、そんな誰かの作った言い伝えなんかより、幻でもいいから梅若が見たい。 寝ても覚めても、いつでも貴方が側に居てくれるだけで、私は一年だけじゃなくずっとずっと幸せになれるから。 …ああ、自分でこうして考えてるだけでも照れるな。 「そ、それでね。身体が現世で近くにあれば、夢の中でも近くにあれるんじゃないかな…なんて思っちゃったりした訳で…」 「…成る程な。」 梅若の唇が、ふっと綻んだ。そのまま歪んで、不穏な開花を遂げる。 「あやめ。そんなに夢でも私に会いたいのなら…良い呪いを教えてやろう」 「…おまじない…?」 体格もよろしい男性の口から出たとは思えぬ可愛らしい単語。 似つかわしくないからこそ、育って行くのは猜疑心。 本能的に作った距離を片っ端から喰らう梅若が地味に怖い。 「知りたくないのか?」 「知、知りたいからちょっと離れて?」 「その呪いとは」 無視!?無視なの梅若!? 「衣を返す…衣類を裏返して着ることだ。そうすれば愛しい者に会えると言う、夢の中でもな。 どれ、せっかくだから私が脱ぎ着を手伝ってやろう」 言うが早いが、伸びて来る魔手を慌てて躱す。 あっぶな…! 信じてよかった、嫌な予感! 「読めた!悲しいけど読めちゃったわよ梅若ァ! そうは行くか!そうはさせるか!新年くらい穏やかに過ごしたいんだったら!」 …ああ、年が始まってばかりだって言うのに。 頑張って素直になってみたお年玉がこれか! せっかくの元旦の夜の月も中天を過ぎ。 こんな下らぬ攻防で、貴重な夢のための時間は削れていった。 新年早々ギャグに走ってしまい、申し訳ありませんでした。 公開:2011/01/02 修正:2011/01/03 |