「この、馬鹿狸!タヌキのくせにウマシカ!」

爆発した。
帰ってきた愚か過ぎる幼なじみの顔を見た瞬間に、自制心が爆発した。

変な刀を変な奴に貰ってから、彼は…変わってしまった。

お兄さん達にあんな残虐なことして、犬神にだって酷いことして。
調子乗って東京まで行った癖に八十ハ鬼をたっくさん犠牲にして、仲間だと思ってた夜雀には裏切られて。
年下にこてんぱんにやられた挙げ句に片腕なくして、数少ない取り柄の顔にも派手に傷を作ってさ。

ホンッットに馬鹿、大馬鹿だ。
私にここまで言われてもまだへらへらしてるんだから、やっぱり馬鹿なんだ。

「言葉の意味わかってないの!?馬鹿って言ってんだよ、馬鹿って!なのになんで、」

なんで、なんで、

「なんで、変わっちゃったの、たまずさ…」

もうダメだ、目茶苦茶。
感情の制御が出来ないよ。
悲しい、寂しい、虚しい、悔しい、腹立たしい…ぐちゃぐちゃだ。
涙まで出てくる始末、言いたいことは喉につかえて、思考回路は破綻して。

ただただ俯いて嗚咽を殺そうと必死な私の頬を、冷たい指がするりと撫でた。

…この場には、私とアイツしかいない。
だからこの指の主は決まってる。
だけど信じられない。あんな非道をした奴が?

それでも。恐る恐る、呆然と見つめる先には。
眉間にシワを寄せ、への字の口した不機嫌そうな顔が確かにあって。

…そうだ、困った時はそんな表情を浮かべるんだよね。
懐かしい。私を慰める時はいっつもその顔だった。

「どうしてそう泣き虫なのか、未だに理解出来ないね。後、たまずさじゃない、たまずきだ。ちゃんと呼べ」

ぶっきらぼうな言葉と共に荒っぽく払われる先から、涙がますます零れていく。

なんで、そこは変わらないの。なんで優しいの。
複雑だった。
いっそ面影も懐古も感じないくらい変わってしまっていれば。

…変わる、か。
そうだ。この世のものは皆変わる、良くも悪くも。
実のところ、私はそれをただ認めたくないだけだった。

この幼なじみは致命的に駄目すぎる方向に転んだけど…
反対の方向へと立ち直ること、変わることは、今からでも出来るはず。

信じなきゃ、認めなきゃ。そして…乗り越えなきゃ。

「これからは私がアンタを見張るんだから、またこんな馬鹿なことしないように、ずっとずっと側で見張っててやるんだから…!」

しゃくりあげながらも、なんとか発したこの言葉。
それを聞いた途端に、何故かアイツはにやにやし始める。

「なんなの…?キモい…」

正直者の頬を抓りながらアイツはへらへらと言った。

「何だかプロポーズみたいだなぁと思ってね」

……!?

「ははは、はぁっ!?なに言っちゃってんの!?バカ!?バカなのね!?」
「うるさいよツンデレ。…だって“ずっとずっと側”にいてくれるんだろう?」
「ツンデレちゃうわァ!…言ったけど、それはそういう意味じゃ…」
「じゃあどういう意味?」
「だから見張りだったら…!」

あああもう、何なの!
何からかっちゃってくれてんの!
てか、涙が止まったのはいいけどさ、何で私の顔が赤くなんのよ!
だぁーッ、そのニヤニヤするのを止めろ馬鹿狸ィ!

そっぽを向いてやる。
まだ聞こえるクスクス笑い。
ねちっこいんだよ、そういう根性悪い所も変わってない。

「しつこいなー、“たまずき”のそういうトコ嫌い!」

何か言い返してくるだろう。
その予想に反して、背後からは物音一つ聞こえず。
怪訝に思って振り向けば、どこと無く嬉しげな表情に面食らう。

「な、なんでニタニタしてるの…?」

本当に君は失礼な表現を使う、と伸ばされた手が私の頬を抓る。イダダダ、またこれか!

「…認めたくないけどね。嬉しかったんだよ、あやめにちゃんと名前を呼ばれてさ。」

…そう。
私が幼なじみを、彼自身が名乗った“たまずき”の音で頑なに呼ばなかったのは、その豹変を認めたくなかったから。
要するにアイツそのものを否定したかったからで。

…気づいてたんだろうな、無駄に察しがいいもの。
少しばかり悪いことをした気がしないでもなかった。

「もう夕方だよ、帰ろう、玉章」

聞こえた鴉の声を利用して、男の癖に白い手をぐっと握りしめ、彼の家路を辿る。
不器用な私には、名前を呼んで、自分から触れてみるくらいしか謝罪の気持ちを表現できなかった。

そういえば。小さい頃は、帰りはいつも私が玉章を引っ張って送ってやってたな。
懐古に耽っている最中、腕がぐんっと、痛みと共にぴんと伸びた。
バランスを失った肩を片手で支えてから、今度は私をふらつかせた原因が前を歩く。
…構図が幼い思い出とは違う。

「昔は私が先に歩いてたよね」
「ああ。その理由、わかるかい?」

…さあ?無言が答えだ。

「教えてあげよう。あやめをからかうのは昔から面白くて仕方なくてね、少しでも長く君で遊びたかったんだよ。
 だから君は夕方になっても帰りたがらないボクを無理矢理家まで送っていたんだ」

ホントに小さい頃から可愛くない奴だなぁ!

「今は先導してるってことは、私でからかうのには少しは飽きてくれた訳?」
「いや、全然?」

あっさり言うなァー!

「だけど、これからあやめは“ずっとずっと側”にいてくれるんだろう?
 なら、君で遊ぶ時間はこれからもたっぷりある。幼い頃はそれがわからなかったからね…」

一瞬だけ、ほんの一瞬だけど、彼の寂しさが見えた気がした。
あまりに兄弟がいたものね。お父様からもお母様からも、望むほどの愛を得られなかったのだろう。
…だから、私と離れたがらなかったの?
鼻の奥が少しツンとしたのは気のせいだ。

「そうよ、これからはずっと一緒にいてあげるから。私、たまずきと…ちゃんと遊んであげるから。」
「上から目線は気に入らないな」

そんな減らず口を叩く癖に、ぐっと増した私の手を握る力。
なんだか縋られているようにも、喜ばれているようにも感じられて。

夕焼けの光が目に入って痛い。カラカラに渇いて痛い。私の瞳が少し潤んでいるのは、だから。

これからは、ずっとずっと側にいる、一緒だよ。

そんな想いが伝わればいいと願って、私は意外と寂しがりな男の子の手を、強く強く握り返す。




公開:2010/12/10
修正:2012/04/09



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