犬も歩けばお腹が減る




キーンコーンカーンコーン。

終業のチャイムが鳴った。空は放課後にふさわしくオレンジ色。綾瀬美桜は1つ息をついて机の上に広げた教科書やらノートやら資料集やらを手際よく鞄の中へしまいこんだ。あとは帰るだけ。ただまっすぐ家に帰るだけだ。

「起立、礼。ありがとうございました」
「ありがとうございました」

授業を担当していた教師にいつも通り儀式のごとく全員で挨拶をし、複数の椅子を引く音が教室に響く。廊下を伝って他の教室からも同じような音が届いてくる。

「今日外練?中練?」
「終わったー!ねね、帰りカラオケ行こー!」
「なあ数2のプリント持ってる?」
「帰ろ、りょーちゃん」

教師が教室を出ると途端に各々が放課後の予定に向けて動き出す。独特の雰囲気だ。だが美桜は特に誰かに声をかけられるでもなく、しかしそれがいつもの日常であると言わんばかりにすました顔でさっと鞄を肩にかけ教室を出る。

「あ、あの綾瀬さん!」
「?」

廊下に出た所で誰かに声をかけられて立ち止まる。見るとクラスメート。名前は覚えていなかった。

「なに?」
「あの、4限の物理のときノート提出しろって言われてたじゃない?ただ私、板書ちょっとアレでさ、綾瀬さんのノートコピーとらせて欲しいんだけど…すぐ返すから!」

どうせそんなことだろうと思っていた美桜は小さくため息をつくと

「ごめんなさい、私急いでるから」
「そ、そこをなんとか…」
「他の人に頼んだら?」

言い捨ててあとはもう無視して教室を後にした。後ろでクラスメートが何かを言っていたが考えるだけ無駄。美桜は鞄から付箋がびっしり付いた英単語集を取り出し、読みながら器用に下駄箱から外靴を取り出し上履きと履き替えて校舎を出る。全く、カラオケだのノートをコピーだの、彼女達は一体何を考えているのか。学生の本分である勉学を疎かにして遊んでばかり、それだけでなく自分が劣っているのを他人に縋って、他人の努力で自分達だけ楽をして。





「おーい、美桜ちゃん!」

外だというのに恥ずかしげもなく大声で名前を呼んでくる者がいて思わずげんなりした。無視するわけにもいかず立ち止まって振り返ると美桜の苦手な男子が美桜に手を振りながらこちらへ走ってくる。満面の笑みで。

「何か用…」
「そう嫌そうな顔すんなよー、な、これから暇?」
「暇じゃないわ」
「あれ?なんか部活入ってたっけ」
「いいえ」
「じゃあ良いじゃん」
「塾」
「ならもっと良いじゃん」
「どこが」

彼は前原和樹。美桜は彼アレルギーで、彼と話しているとどんどんイライラしてくる。和樹はそんなことに気が付くはずもなく、美桜の冷ややかな態度に負けず話しかけ続けた。

「駅前に新しいタピオカ屋出来たんだって、一緒に行こー!その後塾行ったら良いじゃん」
「間に合わない」
「ええーっ、じゃあ明日は…」
「私タピオカ苦手」
「ええーっ」

しつこくてしつこくて仕方ない。しかし美桜は強く言えるような性格でもなくなんでもかんでも我慢してしまう性分のため、結局塾に着くまで和樹がべったり美桜にくっついて、美桜が返事をしないでいても延々と続くマシンガントークを許してしまっていた。

(ほんと疲れる…)

塾でノートにペンを走らせながら、もう別れたというのに脳内に勝手に浮かんできて相変わらずべらべらべらべら喋り続ける和樹にイライラを募らせる。この日の塾での時間は全く集中出来なかった。



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