▼ それは、未来の話
「小竜は、私が死んだらどうしたい?」そう言って私が彼を見た時、彼は困ったように眉を下げて笑った。
――きっかけは、政府のとある決まりからだった。
なんでも、過去に亡くなった審神者の本丸にいた刀たちについて、色々問題が起こったらしく、その件以降、審神者が生きている間にある程度信頼できるようになった間柄の刀達には、聞くように決められたのだ。
それぞれの主の死後、自分達はどうしたいか。
とある刀は、『死んだ私の分まで別の本丸で使命を全うしたい』と答えたし、とある刀は、『今度こそ主の墓の中で共に眠りたい』と答えた。
刀解してほしいと答えた刀もいれば、別の本丸に行って歴史修正主義者と戦い続けると答える刀もいた。
みんなそれぞれ先のことを考えていて、けれど今は今だと割り切って過ごしている。
それはきっと、数ヶ月前に私の本丸に顕現された刀――小竜景光も同じことだと、少なくとも私は考えていたのだ。
だから、彼が私の部屋に訪れた時、私は彼に言ったのだ。
「小竜は、私が死んだらどうしたい?」と。
これは私の勝手な想像だけれど、きっと彼はケロリとした顔で「新しい主を探すよ」とでも答えると思っていた。
思っていたのだけれど――実際は、そうではなかったらしい。
「私が死んだらどうしたい」と言われた小竜の顔は、困ったように眉を下げ、笑っていた。
――そして今に至る、という訳だけれども。
部屋の中に、どこか気まずい空気が漂う。
「うーん」
小竜がかなりの沈黙の後、少し困っているような声を上げた。
「また新しい主を探す旅に出る、かな?」
"俺は、風来坊だからね"と、小竜はどこか寂しげな顔で、だけどどことなく何かを悟ったような顔で、笑いながらそう言った。
「……ということは、別の本丸に行く。ということでいい?」
「ああ、そういうことになるね。それにしても、急にそんなことを聞いてきて、一体どうしたんだい?」
さっきまでの雰囲気はどこへやら。
小竜はいつものどこか軽い雰囲気で、きょとりと首を傾げながら私にたずねてきた。
彼の長い金色の髪が、サラリと揺れる。
「政府の決まりの一つにね、その本丸の審神者が死んだ後、その本丸の刀達はどうしたいかっていうのを聞かないといけなくてさ」
「へぇ、そんな決まりがあるのかい?」
「うん、過去に色々とあったらしくて」
"へぇ"と、小竜が小さく返事をした。
"まぁ"と、彼は顔を俯かせながら、言葉を続ける。
「……俺みたいに、色々な主の元にいた刀ばかり、という訳では無いからね」
"それもまた、仕方ないことだね"と、また彼はどこか悟ったような顔で、そう言った。
けれど、そんな顔もすぐに明るくなり、彼は私に笑いかけた。
「でもまあ、死んだら死んだでそれは仕方の無いことさ。キミの責任でも、奴たちの責任でもない。だからキミは今、そんなことを気にしなくてもいいと思うよ」
"これは俺の、個人的な意見だけどね"
そう言って、彼が私の頭を優しく撫でてきた時、勢いよく部屋の障子が開かれた。
「あるじさま! 小竜! 燭台切がかんみをつくってくれました! はやくひろまへいきましょう!」
キラキラと輝く赤い瞳が、私と小竜を見る。
赤い瞳――今剣の後ろから、「あー!」という声が聞こえた。
「小竜さんずるーい! ボクもあるじさんのことヨシヨシする!」
今剣の後ろから、覗くようにして私達を見た乱が、プラチナブロンドの綺麗な髪を揺らしながら、羨ましそうに小竜を見つめた。
……どうやら、話しすぎたらしい。
ちらりと小竜を見れば、さっきとはまた違った感じの困った顔で、笑っていた。
「じゃあ、広間に着いたら思う存分撫でていいよ」
「ほんとですか!? わーい!」
「やったー!」
私の言葉に、今剣と乱は嬉しそうな声を上げて笑い、"早く行こう!"と私の手をそっと握って、広間へと走り出した。
走り出した時、小竜が「俺は後から行くよ」と大きな声で言っていたので、まあ気にしなくても大丈夫だろう。
ふと、チラリと後ろを見る。
そこには、どこか優しくて、どこか切ない顔でこちらを見ている彼が一人、立っていた。
「――キミが死んだら、俺はきっとキミが本来生きれたはずの時間の分まで、新しい本丸で生きていくだろうね」
どこか切なげに呟かれた、そんな彼の呟きは、ふわりと吹いた風と共に、消えていった。
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