『小さな音はよく響く』 「ふぅ…」 特別棟にある生徒会室で吐いたため息は、誰にも聞かれる事無く空気と同化する。 学園一の人気を誇る生徒会の中でトップを務める生徒会長という肩書を持った、俺こと、吾妻 忍は小さなため息を吐いたのち、物音一つしない自分一人だけの空間をただぼんやりと見つめる。 少し前まで、此処は他の生徒会役員も集まり、忙しいながらも活気とやる気に満ち溢れた職場であった。…筈なのに。 生徒会総選挙(とは名ばかりの人気投票)も無事に終わり、先輩方から継いだこの仕事にも慣れ始め、チームワークもできてきた頃、季節外れの転校生はやってきた。 この学園の特色(敢えて説明するまい)にまだ染まっておらず、相手を恐れず真っ直ぐに物申すその少年に、ちやほやされる中で窮屈さを感じていた人気者達は、次々と惹かれていった。勿論、その中に生徒会役員も含まれている。 「生徒が学校の仕事するのはおかしい!そんなんじゃ満足に勉強できないじゃないか!!」と、叫んだ転校生の言葉を真に受けて、彼らは生徒会の仕事放棄した。 …にも関わらず、碌に授業にも出ずに転校生と共に遊んでばかりいる彼らに、さすがの俺も痺れを切らし説得に向かえば。 「だったら、貴方が仕事をすればいいでしょう?そう言ってこの子の気を引こうなんて愚行にも程がありますよ。」 「会長仕事中毒なんだからさー、俺たちに押し付けないでよー」 「俺…忙しい……」 「忍も仕事なんか教師にやらせて、俺達と遊ぼうぜ!!」 上から、副会長、会計、書記、転校生と、なんとも理解不能なことを言われ、そのまま追い出された。とりあえず、文句を言う前に一発ずつ殴れば良かったなと思ってしまうのも仕方ない。 早々に役員共を説得することを放棄し、一人で黙々と仕事をこなすも、元々は四人がかりで片付けていたものを一人でやるというのは無理があった。未処理の仕事は日に日に溜まっていき、今、ギリギリのラインを保つので精いっぱいだ。 今日も手は動かしながらもため息をつくことしか出来ない。風紀や一般生徒の中にはリコールを企む者もいて、気を抜くことができない。 きっとリコールされてしまえば楽なんだろう。けれど俺にも矜持というものがある。前生徒会から受け継いだこの仕事を全うしたい。 「…つっても、俺の我儘なだけなんだがな。」 はあ、と今日何度目かのため息を吐いたとき、生徒会室の扉が軽く二回ノックされた。 「あ、会長…」 「会長はお前だろうが。また休まずに働いてんのかよ。」 顔を覗かせた前会長、夕凪眞也は俺の顔を見る途端、大きくため息を吐いた。 大学は推薦で決まっている夕凪先 輩はこうして時々生徒会室に顔を出している。学園中でリコールの雰囲気がある中、唯一といっても過言ではない、事情を知る彼は現役員と周りの人間、そして転校生にやるせない怒りを感じると同時に、俺に申し訳ないと思っているらしく、時々、仕事も手伝ってくれていた。 本当は彼の手も借りずにやりたかったのだが、最近はそうも言っておれず、有難く甘えている。 「この書類片付けたら、今日の分が終わるので、一気にやってしまおうかと。」 「そう言って、つい最近過労で倒れたのはどこのどいつだよ。」 「……」 倒れたというのは本当に偶然だった。たまたま先輩の前で貧血でふらつき、そのまま意識を飛ばしてしまったのだ。その場にいたのは先輩だけだったので大きな騒ぎにはならなかったものの、それ以降、先輩が過保護でうるさくなってしまった。 「…本当にもうすぐですので。お気になさらず。」 そう言って作業を再開した俺の視界の隅で、呆れた顔をした先輩が映る。 「…あと、どのぐらいだ。」 「あー……あと一時間ぐらいで―――」 「終わります」そう言おうと顔を上げたはずの俺の口からそれは発せられずに。 小さな、リップノイズの後に、いつの間にやら至近距離に居た先輩の顔が優しく微笑む。 「じゃあ、それ終わったら、俺からご褒美をやろう。」 「は……」 何をされたのか、と理解する頃には俺の顔は収拾がつかなくなるほど真っ赤になっていて。つい、俯いた俺の頭上で先輩が笑う声がした。 End |