白黒シグナル | ナノ


準レギュラーのコートへ向かうと、そこには髪を頬の下で切り揃えた美人さんがいた。
え、マネージャーいたの?
ひえー、私の居場所ないじゃん…!

「勘違いしてるみたいだけど、俺はマネージャーじゃないよ」
「へ…?」
「準レギュラーで三年の滝萩之介。君のこと気に入っちゃった」
「滝先輩、よろしくお願いします。そう言って戴けると光栄です」
「君は夢野の何かしらの被害を被って、マネージャーになったんだよね? 二反田は今の氷帝の生徒会長みたいなものだから、軽音だけで精一杯でしょ?」
「滝先輩はよくご存知ですね。そうです、あのキチガイのせいです。ホームルーム妨害でちょっと苦情を言ったら、会長がキレて殴ろうとしてくるし、そのあげくの果てにマネージャーになれですよ。頭おかしいんじゃないですかね」

私が一息で言い終わると、滝先輩はお腹を抱えてゲラゲラと笑いだした。
ゲラゲラっていっても、下品なかんじじゃない。
どこか上品な笑い方。
滝先輩が笑い終わるのを待って、私は問いかける。

「そんなにおもしろかったですか」 
「うん、それはもう、ね。夢野をキチガイって言うのも、跡部の頭がおかしいって言うのも二反田ぐらいだからね。俺としては心強いし、最高に面白くなりそうだしね」
「私はあのキチガイを潰すために来たんですよ、滝先輩が期待しているようなことでは終わらないかもしれませんよ」
「二反田、やけにおもしろそうなことを言ってるんだな」

後ろから声がして、振り返ってみたらラケットを右肩にあて、左手を腰にあてた日吉が立っていた。
お前レギュラーじゃなかったっけ。
私は関わるなって言ったんだけど、聞こえてなかったのか…?
私が露骨に顔を歪めたため、日吉は少しバツの悪そうな顔をした。
例えて言うなら、悪役が正義に対して眉を潜めるような感じ。
そんな顔をするもんだから、私の表情もそれに日きづられる。
お互い眉を潜めたまま見つめあうこと数十秒。
先に折れたのは日吉だった。

「言っておくが、俺は跡部さんたちとは違う」
「およ? ってことは、プロテスタントってこと?」
「ああ。誰があんなミーハーに惚れるか。そんなことがあるくらいなら、俺は死んでもいい」
「あはは、そりゃそうだわ。私だって願い下げだよ、そんなの」
「だろ? ああ、俺の他に芥川さんが味方だからな」
「いつも寝てる先輩だよね? オッケー、了解」

私がパチンとウィンクすると、日吉はなんとも言えないような顔で私を見た。
なんだ、その目は。
美少女な副会長にウィンクされたんだぞ、多少照れろよバカ。
もだもだとそんなことをかんがえていると、日吉が口を開いた。

「お前、また訳のわからないことを考えてないか」
「んなわけあるか、少なくともキチガイよりは数段ましだわ」
「比べる対象がおかしいだろ。二反田、ものは相談なんだが、俺と芥川さんのドリンクは作れないか」
「日吉と先輩の? 出来ないことはないけど、キチガイが喚くだろうからな…」
「あれは放っておけ、真面目に対応なんかできるわけない」
「分かったよ、二人分作っとく。でも、ドリンクは取りに来てよ。私がドリンクだぜ、受けとれー、ぶんって投げても向こうは絶対にいちゃもんつけるから」
「分かってる。芥川さんにも言っておく。頼んだぞ、二反田」
「アイアサー!」

私が敬礼すると、日吉はまたなんとも言えないような顔で私を一瞥してから、レギュラーコートへ戻っていった。
今の対応に、あんな顔しなくてもいいだろ。
敬礼までしたのにさ、あれはないよ、あれは。
まあ、とにかくプロテスタントはいるってことが分かっただけ良しにするか。
テニス部がそこまで落ちぶれていなくて良かった。
そんなことを内心思いながら、私はマネージャーの仕事に集中することにした。