小説 | ナノ



「き…どう…」


凛が眉をひそめて言った。
その顔には明らかな嫌悪がうかがえる。
それもそうだ、過去の事故があったのだから当たり前といえば当たり前だろう。
忘れたくても忘れられない出来事。
そして、消えてほしくても消えない傷跡。
そして、忘れたくても忘れられない気持ち―――。
一度は封じたはずの過去がもう一度戻ってくる。


「おい、大丈夫か?」


凛の顔を見て源田が声をかけた。
なぜなら、彼女の顔が死人のように真っ白だったからだ。
何も知らない人が見ても、明らかに調子が悪いのが分かるほどで、それは鬼道も同じだった。


「おい、大丈夫か…?
無理はしない方がいいぞ」



鬼道が凛の肩に手をおこうと手を伸ばした瞬間、凛がその手を勢いよくはたいた。
実に痛そうな音があたりに響く。
はたいた凛は真っ白な顔でうつむいているし、はたかれた鬼道も唖然としている。
凛が源田にひっつき、顔を押し付けた。
カタカタと震える彼女を源田は優しく抱きしめる。
内心、少しうれしかったのは誰にも秘密だ。


「あぁ、驚いただろ、スマン
 こいつ、人見知りが激しいんだ
 だから、初対面の鬼道が怖くて手をはたいてだな」


源田の言葉に納得したのか、鬼道はそう深入りしてこなかった。
その代わりに、別の質問を口にする。


「聞いておきたいんだが」


いつの間にひっついていたのか分からないが、ひっついている佐久間を引き離しながら鬼道が凛に問う。
佐久間が「鬼道さぁん」と言いながらひっつこうとしているのには慣れているので誰も突っ込みはしない。


「な…、なんですか…」


凛はあくまで初対面の人に対する言葉遣いでそれに返す。
正直に言うといつもの口調で話したいのだが、ここで綾瀬 留衣であることがばれるのは非常にヤバいのでぐっとこらえる。
凛の内心を知らない鬼道は続けた。


「綾瀬 留衣はまだ帝国サッカー部にいるか?」
「綾瀬 留衣…?」

凛がうかがわしそうに問うた。
それもそのはず、綾瀬 留衣は自分なのだから。
彼の質問はあまりにもおかしくて、凛は内心、吹きだしていた。
声をあげて笑いそうになるのをこらえ、凛は答える。


「いいえ…
 事故か何かがあってやめました…
 その後に入ったのが私なんです…」


口から出たのは真っ赤な嘘。
ここでそれは私自身だ、など絶対に言えない。
彼女の胸の中には秘めた計画があるのだから。
復讐、という名の試合をするためにはこれぐらいの嘘なんて構いはしない。


「そうか…」


鬼道は凛の思考には気づかず、残念そうに言った。
ナゼ残念そうな顔をする?
凛は彼の行動に疑問を覚える。
謝りにも来なかったのに、今さら何のつもりだというのだろうか。
彼女の胸の中には湧き上がる怒りしかなかった。


「どうしてもんなこと聞くんですか?」
「過去のことでちょっとな…」


鬼道は苦笑いをしながら、言葉を濁した。
あの事を思えているのなら、なぜ謝りに来ない…!?
その行動に凛の怒りは沸き立つばかりだった。
そして、怒りがはじけたのか、彼女は突然こう言った。


「私、雷門中サッカー部と練習試合がしたいです」


凛の言葉にその場にいた4人の動きが止まる。

今、何と言った?

彼らの瞳はそう語っていた。
信じられない、とでも言うように鬼道が口を開く


「帝国が、雷門中と練習試合をしたい、だと…?」
「すっげぇ楽しそうじゃん!!
 練習試合、やろうぜ!!」


円堂は楽しそうに、そして、いとも簡単に申し入れを受け入れた。
それに驚いたのは鬼道と源田、そして佐久間であった。
佐久間はただ単にそう簡単に鬼道と試合ができるのか、と言った驚きであったが。
円堂の決定に鬼道が口をはさむ。


「おい、円堂、そんなに簡単に決めていいのか?
 それに、帝国のキャプテンは許可してるのか?」
「それなら問題ない
 うちのキャプテンは近々雷門中と練習試合をしたいと言っていたしな」
「そうか…、ならいいのだが…」
「で、いつにする!?」


円堂がキラキラした瞳で帝国3人をみる。
凛は源田の腕の中から抜け出して、その背中に隠れつつもこう言った。


「来週の金曜日は、どうですか…?」
「よし!!大丈夫だ!!
 なら、来週の金曜日に雷門中で!!
 時間は…そうだな…、3時なんてどうだ?」
「大丈夫です」


凛はこくんこくんとうなずく。
その様子を見て円堂は太陽のように輝く笑顔を浮かべて、こう言った。


「よし!
 なら、楽しいサッカーしようぜ!」




約束を結ぶ