小説 | ナノ



サッカー部のグランドに現れた佐久間は輝くほど眩しい笑顔を浮かべて全員に挨拶をして回っている。
その傍らには腕を引かれ連れてこられた凛。
その顔は不機嫌極まりないが佐久間はそれを知ってか知らずか輝く笑顔で言い放つ。


「おはよう。キャプテン連れてきたぞ!」
「連れてきたじゃない。一般ではそれを“連行してきた”という」
「いや、連行はしていない。連れてきた」
「ざけんな。お前のは連行だ」
「連れてきた!」
「連行!」
「連れてきた!」
「連行!」
「お前らいい加減にしろ…」


佐久間と凛の言い合が大人げなかったからか源田が間に入った。
突然間に入ってきた源田に佐久間も凛も不満そうに顔をゆがめる。
佐久間と凛が不満顔で問う。


「なんだよ、源田」
「幸、何か用か?」
「俺は幸じゃねぇ、源田だ!!」
「じゃぁオカンのほうがよかった?」
「そういう問題じゃない!」
「で、何の用?」


凛は源田に冷たい問いを返す。
その口調は氷のように冷たく、無感情なものだった。
先ほどまで言い合いをしていたようには見えない。
豹変した彼女に一瞬ドキリとしてから呆れたように怒鳴る。


「お前らなぁ…、朝練の時間に何やってんだ!!」
「あぁ、すまなかったな。」


悪びれもなく謝ってから凛は制服に手をかけた。
それに驚いたのはサッカー部R陣。
驚くのは当然だろう。
彼らだってそういう年頃だ。
目の前で着替えが行われようとしていれば驚くのも当然だろう。
しかし、すぐ我に返り制止の声をかける。


「おい、何やってんだ!」
「そうだ!キャプテン!
俺ら健全な男子だぞ!」
「朝から止めろ!」


焦る一同だったが、その声を無視して更衣を続ける凛。
目をそむけた部員が何人かいたが、動けずに更衣を見ていた部員たちはあっけにとられている。
なぜなら制服の下から見えたのはまぎれもない帝国サッカー部のユニフォームだったからだ。
それを見てポカン、と間抜け面になっている彼らに凛は冷やかに言う。


「あんたたちの頭大丈夫?なんなら一発づつアイアンフェザー打ち込もうか?」


―* 

そのあと、サッカー部員は朝連を始めた。
全員の技のレベルは高いが、その中でもひときわ目立っているのは凛。
風のようなダッシュ、相手に気付かれないボールのカット、スライディングの鋭さ…。
すべての動きが滑らかにつながっている。
それは、まるで一種の踊りを踊っているかのようだ。
しなやかに体は曲がり、すっと自然に足が動く。
その先にはサッカーボールがあり、きれいにカットされていくのだ。


「やっぱすごいっすね、キャプテンは」


成神のつぶやきに部員全員がうなずく。
鬼道のプレーも計算されていて、無駄がなく綺麗だったが、凛のプレーとはけた外れだ。
プレーがどこか命令されたように決まっていて、頭の中で組み立てた作戦通りに試合を進める鬼道は軍人のようであったが、美しくフィールド上で舞う彼女はダンサーのようで、サッカープレイヤーには全く見えない。
そのプレーはだれをも魅了し、そして試合の流れを握る。
中学生の、それも少女の域を超えたサッカーを目にして佐久間と源田はささやく。
「やっぱ、鬼道に一番近かったことだけはあるな」
「でも今は鬼道さん超えてると思うぜ
あんなにきれいなプレー、俺は見たことがない」
「俺もだ。体の柔らかさに、俊敏性
その上スピードまで兼ね備えた、最強な奴だからな」
「あぁ、惚れた弱みもあんだろうけど、あいつのプレーは誰よりのきれいだ」


二人は凛のプレーを見て毎日のように感嘆の声を漏らす。
鬼道もすごかったが、それをも飛躍した彼女のプレーに二人も魅了されたのだ。
そう、佐久間を源田は凛に淡い恋心を抱いている。
クラスの少女たちのように媚を売ってこず、そのうえ部活のキャプテンだ。
実力も本物で、彼らが彼女に惹かれない理由などどこにもなかった。


「ふぅ…、今日は調子がいい」


練習に一息ついた凛がベンチに戻ってきた。
さっきの会話をしていた二人はあわてて視線をそらす。
その不審さに気付いたのか、凛は首をかしげた。
先ほどの会話に気づいていないようなので、彼女が感じたであろう不信感をぬぐうために源田が話を振った。
「今日はいつもにもまして綺麗だったじゃないか」
「あぁ、そりゃどうも
夢が効いてんじゃないの?」
「そうか…」
「てかさ、今日はアレださないのか?」


佐久間が源田と凛の会話に乱入した。
彼の言葉に凛が露骨に嫌そうな顔をする。


「必殺技出せと…?」


笑顔でうなずいた佐久間に凛がはぁ…、とため息をついて立ち上がる。
ため息をついたものの、技を出す気はあるらしい。
お、っと意外そうに凛を見る彼にめんどくさいのが率直に伝わるような口調で凛が問う。


「何がいいんだ」
「漆黒の瞳か、アイアンフェザー、デスブリザードでもいい」
「アイアンフェザーにする
ほかのは面倒だ」


凛はそう言ってボール片手にフィールドに入った。
休憩時間なのにもかかわらずフィールドに入った彼女に咲山は疑問を抱いたらしく当事者えある佐久間に問う。


「何が始まるんだ?」
「必殺技。アイアンフェザー撃ってくれるんだってさ」


笑顔で問いに
佐久間の言葉に源田が無理やりだろ、と突っ込みを入れたが彼は聞こえていないようだった。
その直後、凛がボールを高く蹴り上げた。
そして胸の前で手を合わせてからバッと腕を広げると、彼女の背中に6枚の羽が現れた。
その羽根で固定されたボールを強く蹴った凛。
凛の蹴ったボールはまるで神を思わせるような輝きを放ちながらゴールへと突き刺さった。
鋭さをまとったシュートに佐久間はこぶしを震わせている。


「こんなもんか」


凛はふわりとほほ笑んだ。
それは胸の中に広がる地獄をかくすような、柔らかなほほ笑みだった。




胸の中の地獄