小説 | ナノ


帝国で凛の話を聞いていた鬼道はなんだか上の空だった。
何をするにもワンテンポ遅れ、集中できていないのが手に取るように分かる。
佐久間が心配して恐る恐るといった感じで声をかけた。

「鬼道さん、大丈夫ですか?」
「佐久間か…」
「あいつなら大丈夫ですよ、簡単に消えるような奴じゃないですから…!」
「あぁ、そうだな…」

うなずいた鬼道だったが、本心からうなずけていないのはだれが見てもわかる。
本当のところ、佐久間も怖い。
凛がいなくなる、なんてまだ実感がわかない。
それゆえ怖いのだ。
鬼道が不安をため息に変えた時、ピルルルル、ピルルルル…と鬼道の携帯が鳴った。
はっとして画面を見るとそこには稲妻市立第二病院の文字。
稲妻市立第二病院は凛が入院している大きな総合病院である。
凛に何かあった時のことを考え電話番号を教えておいたのだ。
病院から電話がかかってくるということは彼女に何かあったということなのだろう。
弾かれたように通話ボタンを押し電話に耳をつけた。
その電話で看護婦や医者の声をBGMに告げられたのは最も恐れていた事態だった。


『凛さんの容態が急変しました
もしかしたらこれが最後になるかもしれません』

自分の耳に伝えられた事実に思わず携帯を落としそうになった鬼道。
だがなんとかとどまるとすぐに行きます、とだけ伝えて走り出した。
その後に様子を察した帝国サッカー部が続く。

頼む、もう少し凛に時間をやってくれ……!!

鬼道は走りながらそれだけを必死に願った。


―*
数分後病院について凛の病室についたときにはもう凛は虫の息だった。
顔につけられた酸素マスクの内側が凛の呼吸に合わせて曇っては消え、曇っては消えを何度も繰り返す。
腕に伸びる何本もの管の先には点滴がつながっており、何かに頼らなければ命をつなぎとめることもできない彼女の姿を見て鬼道は泣きそうになった。
あれほど元気にサッカーをしていた凛からは想像もできない。
本当に同一人物なのか、自分の目を疑ったほどだ
驚きでうごけないでいるとか細い声で「有人…」と凛が鬼道を呼んだ。
自分が呼ばれたことに気がついた鬼道は凛のベッドのそばに歩み寄ってどうした、と泣きそうになるのをこらえながら言った。

「有人、悪い、な…
私は、もう、持ちそうにないんだ…」
「そんなことを言うな!
またサッカーをやるんだろう!?」
「仮に、仮に治っても…もう、私は動けない
サッカー、出来ないんだ」
「そんな、そんなこと…!」

その言葉の後にぽつっと凛の顔に一滴が落ちた。
既に霞んであまりよく見えない凛には最初それがなんなのか分からなかった。
それはゴーグルを外した鬼道の瞳からこぼれおちた涙だった。
少したってから涙だということに気付き驚いた凛だったが鬼道の手を力なく握って口を開く。

「私は…、また、廻るから…」
「凛…」
「会えるから、また、会えるからもう、泣かないで…」
「鬼道さん、最後は泣き顔なんか見たくないものですよ」
「佐久間…」
「みんな、こんな自分…、勝手なキャプテンに、ついてきてくれて、ありがとう…」
「城崎先輩…」
「有人、先に逝くことを、許して…
生まれ変わったら…、また、有人を、探すから…」
「凛…」
「ありがとう…
また、会えたら、私が忘れていたら、こう言って…
【廻りに廻って会いに来た】って…」

凛は言った後涙を流してうごかなくなった。
ピ―――っという無機質な機械音が病室に響く。
その音が物語るのはただ一つ。

凛が死んでしまったということ。

事実を理解した鬼道はその場で泣き崩れてしまった。

「なぜ、死んだんだ…!
一緒にサッカーをするんだろう!?
再びお前に会えるまでに俺はどれほどの時間を待てばいいんだ…!」

鬼道の悲痛な声にこたえるはずの張本人はもう答えない。
いや、さっきの声ですら聞こえていないだろう。
悲しみにくれる病室を皮肉るように窓の外は桜吹雪。
それもまた、一つの終焉だ。
終焉に嘆く彼らはけして愚かではない。

廻って君との約束を