小説 | ナノ



それぞれの思いを胸に抱いたまま、試合は始まろうとしている。
帝国のFWには佐久間と凛の姿。
二人とも力むでもなく普通に立っている。
緊張も何も感じさせないその姿勢に鬼道がごくりと唾を飲み込んだ。

――俺はあいつに怪我をさせた、許されるはずはない
だから今ここに立っているんだ…

内心そう思いながら自分のポディションに立つ。
知らず知らずの間に握りしめていたこぶしがかすかに震える。
手の平に爪が食い込んでいるがその痛みさえ感じない。
震えの正体が恐怖なのか怒りなのかなんなのか彼自身も分からない。
そんな鬼道を見て凛がほくそ笑みながら言った。

「私に怪我をさせるのが怖いのか?」
「…そんな訳じゃない」
「なら、なぜ震えてるんだ
私は過去のことは忘れてなどいないが、別にそこまで恐怖を感じている訳じゃない
でもお前は違う、明らかに私に対して恐怖を感じているだろう?」
「違う…!ただ、俺は…!」
「どこが違うという?
震えながら言われても説得力がない
今のあんたには話をしても無駄なようね、試合を始めるわ」

最後に一にらみして城崎は鬼道に背を向けた。
オレンジ色の髪が風に靡き、鬼道の視界から遠ざかる。

―凛は本当に変わってしまったのか…?
俺のせいで、俺のせいで…!

そう考えると自分が憎くて仕方ない。
昔の凛は…自分の好きだった彼女はもういない

自分のせいで、彼女は――!

泣きたくなるような気持ちを抑えて、目の前の試合に目を向ける。
キックオフは帝国から。
ボールの目の前に立った佐久間が鬼道をすっと見てから凛に顔を向ける。
その動作に城崎がうなずき、佐久間もまたうなずいた。
佐久間が前を向いた時、試合開始を知らせるホイッスルがグランドに高々と鳴り響いた。
トン、と佐久間が蹴ったボールを受け、凛はにっと口角をあげて笑った。

「生まれ変わった帝国を目の当たりにするがいい!」


過去の姫は現在の一少女