小説 | ナノ


―*試合当日

「やっと試合の日だな!!」

グランドの真ん中で円堂がキラキラした笑顔でメンバーに問う。
彼らははは、と苦笑をしながら軽くあしらうだけだ。
大人な反応である。
楽しげな雰囲気の中に一人だけ浮いた存在がいた。
風にマントを靡かせ、一人暗い顔をして俯く人物…。
元帝国サッカー部キャプテンの鬼道だ。

「帝国か…」

鬼道が遠い目をしながら呟く。
それを豪炎寺が見つけ、何事かと声をかける。
朝から何時もと調子が違う鬼道を気にかけていた彼は今が理由を聞くに一番かと判断したのだ。

「どうした?鬼道」
「あぁ、豪炎寺か
ちょっと過去のことを思い出していてな…」
「そうか…」
「俺は、同じ部の一人の少女を裏切ってしまった」
「…裏切った?」
「俺を慕っていたんだが、俺の不注意でけがをさせてしまったんだ」
「謝らずに雷門に来たのか?」
「あぁ…、今さら謝っても許してはもらえないだろう
それに、今サッカー部にいるかいないかも、分からない…」

鬼道があまりにも切なく話すので豪炎寺は言葉を失った。
いつも冷静な顔をしている鬼道しか知らない彼はどう言葉をかけていいものか分からずにいた。そして、一つの言葉を見つけ、それを発するために口を開く。

「鬼道、俺は…」

豪炎寺声をかけ始めたその時、大地を揺るがす程の爆音が響いてきた。
円堂お待ちかねの帝国が来たようだ。
「帝国が来たぞ!!」

風丸が一番に声をかける。
それを引き金に部員たちはグランドから校門へ駈け出して行く。
その姿は休み時間になって一斉に校庭へ向かう小学生の様だ。
わくわくした様子で校門付近に停まった帝国号を見つめている。
それを悟ったのか、帝国号の扉が開き、中から長いレットカーペットが転がり出た。
その横に並ぶのは数十人の帝国生。
サッカーボールに片足を乗せ、胸に手をあて、いつしかの練習試合の再現かの様に感じる。
そして、その真ん中を歩くサッカー部…。
雷門中がみる2度目の帝国の来校。
しかし、帝国メンバーの中に鬼道の姿はない。

「帝国サッカー部キャプテンの城崎 凛だ
今日は試合を受け付けてもらい感謝する」
「俺は雷門中サッカー部キャプテン円堂 守!
今日はお互い、楽しい試合にしようぜ!」
「あぁ
ところで、鬼道はいるか?
少し話がしたいのだが」
「鬼道?あぁ、別にいいぞ!
おい、鬼道、帝国のキャプテンが話があるんだって!」

円堂に呼ばれ、鬼道が何事かと彼の横に立った。
一年前と変わらぬその立ち姿に凛は口角に笑みを浮かべた。
凛の笑みに鬼道が不可解そうな顔をして問う。

「何の用だ」
「相変わらずだな、鬼道」
「どこかで会ったことがあったか?」
「まぁ、これだけ外見が変わっていたらわかるはずもないか
源田、頼む」

凛の言葉に源田が彼女の左目を隠していた髪を掬い上げる。
そこにあったのは左目とほほに走った生々しい傷跡。
それを見た鬼道が目を見開く。
そして震える声で問う。

「まっ…、まさか、お前は…!」
「そう、そのまさかだ
私は綾瀬 留衣!
しかし、それは過去の名前」
「…!
なら、買い物の時に会ったのもお前だったというのか!?」
「さすがは鬼道、頭の回転が速いようで
そう、あれも私」

凛がクククッと鬼道をあざ笑う。
その顔を見て、彼は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を感じた。
自分の知っている留衣はこんな風に笑わない。
それに、こんな風に人を見下さない。
鬼道は驚きと困惑、そして絶望が入り混じった声で問うた。

「まさか試合を申し込んだのは…」
「あんたに私の味わった屈辱を味わわせててやるために決まっているだろうが」
「…!」
「そうそう、図書館ではお世話になったね
マントを返すよ」

凛がポーンとマントを空中に放った。
そのマントは冬の匂いが微かに漂う風に靡いてゆっくりと落下していく。
マントが宙で漂っている間に、彼女は厳かに、そして力強く言った。

「さぁ、試合を始めようか」


美しくも残酷な姫君