小説 | ナノ



ふと気がつけば時計は記憶にある時間を指していなかった。
ここは図書館。
凛は自分を包む温かさで目を覚ました。
すぐ近くに寮があるから、と薄着で来たはずなのだがなぜこんなにも暖かいのだろうか。
不思議に思って体を起こしてみればするりと何かが床に落ちた。
その何かに目を移してみれば、それは青色のマントだった。
その瞬間に凛の眉がぐっと寄せられた。

――鬼道だ。

そして、困ったように呟く。

「今さら…、何のつもりなんだ…」


マントを拾い上げてみればマントに紙が貼り付けられているのに気付いた。
その紙に書いてあった文章を見て、凛ははぁっとため息をつく。

「雷門中なんて書いたら、お前だってことばればれだろう」

切なげな表情を浮かべ、凛はギュッとマントを抱きしめた。
彼が嫌いなわけじゃないのだ。
むしろ、その逆で好きだ。
でも、過去に起こったあの事故のことを許せずにいる。
あの事故で失ったのは今は亡き母からの唯一の贈り物だったのだから。
城崎の母親は彼女が生まれた年に事故で死んでしまった。
写真の中でしか見たことのない母親に似ているのは、ライトグリーンの左目だけだったのだ。
ライトグリーンの瞳だけが二人を繋ぐ絆だったのに。
しかし、それも一年前の事故で消えてしまった。
謝りさえすれば許すつもりだった。
しかし、彼は今もまだ謝りに来ない。
そんな鬼道を凛はいつしか恨むようになっていた。
憎い、という感情だけが彼女を突き動かす。

「そう、だ
返しに行くより、もっといい方法がある」

凛は手にしたマントを見つめた後、そういってほくそ笑んだ。
そして、足取り軽く図書館を後にした。

―*

「全員、集合!!」

サッカー部のグランドに凛の声が響く。
彼女の声に、駆け足でかけてくる部員達。
部員が全員そろったのを確認して凛が口を開いた。

「いよいよ、明日が雷門との練習試合だ」

凛と透き通るような声は力強いものであり、ただの少女が出すような声ではなかった。
その言葉に咲山がふと思い出したかのように呟く。

「そうだったか?
時間がたつのってはえぇな」

その後、彼は凛を見つめた。
それに続くかのように部員全員が彼女へ視線を移す。
部員全員、なぜ凛が練習試合を申し込んだのか知っている。
そのため、城崎が大丈夫なのか心配なのだ。

「明日、3時には向こうについている必要がある」
「それより早くに出なきゃいけないんですね?」

洞面の問いに凛は頷いて肯定の意を表す。
緊張感が漂う彼らの雰囲気をぶち壊す様に一人の少年が楽しそうな声を出す。

「やっと明日鬼道さんと試合ができるんだな!」
「楽しみにするな、佐久間
遠足に行くんじゃないんだぞ」
「そうだぞ、佐久間」
「いいじゃんかよ!
久しぶりに試合するんだから!」
「目的を忘れるな
浮かれているなら
明日試合には出さないぞ」

その言葉の後、うっと息を詰まらせた佐久間。
能天気に騒ぐ佐久間に凛がポツリと溢す。

これはただの試合じゃないんだ。

それを聞いた瞬間、佐久間の目がはっと見開かれた。
そうだ、これは遊びではない。
彼女の復讐なのだ。
試合の真の目的を思い出して佐久間はバツが悪そうに俯いた。
どれだけ自分が軽率だったかに気付いたからだ。
突然静かになった佐久間には目も触れず凛は微笑みながらこう言った。

「さぁ、行こうじゃないか。」

微笑めば悪夢



(でも)
(彼女は知らなかった)
(明日が)
(彼女の人生を)

(大きく変動させる日だということに)