小説 | ナノ




その日、鬼道は図書館に来ていた。
片付けなければいけないレポートの資料集めと返さなければならない本のために。
彼は読書が好きだった。
知識の海に浸るのは何ともいえず楽しいことだ。
自分の知らないことを学ぶのは喜び、形容してもおかしくはない。
図書館は知識の海、と形容してもおかしくない場所で、鬼道はよく図書館に足を運んでいた。
借りていた本をカウンターに持っていき返却の手続きをとる。
その後に面白そうな本がないか本棚の間をふらふらと歩いてみる。
すると、ふとオレンジ色が視界にうつった。
そう言えば綾瀬の髪の色のあんな色だったような気がする。

懐かしい。

最初は好奇心だけでその人物に近寄った。
近づくごとにはっきりと見えてくる顔立ち。
どうやら眠っているらしく、規則的に肩が上下している。
左目にかかった髪の毛、少しこちら側に傾いた顔。
真っ白な肌はもしかすれば一度も日の光に当たったことがないんじゃないんだろうかと思わせるほど。
どうしようもない美しさを持つ少女に鬼道は知らず知らずのうちにかつて傷つけてしまった綾瀬を重ねていた。
眠っているのが原因ではあるだろうが、はかなげな少女は綾瀬にそっくりなのだ。
彼はまだ、綾瀬のことが忘れられていないのだ。
今、会えるのならばあって謝りたいと思う。
何も言わずに雷門へ行ってしまい、彼女の気持ちや尊敬を踏みにじっただろう。
それは理解しているつもりだ。
今さらだとは思う。
でも、綾瀬会いたいという気持ちは膨らむばかり。
女々しい自分に苦笑しか起きない。
そう言えばこの少女、いくら暖房が利いているとはいえ薄着過ぎないだろうか。
心なしか震えているように見える。
このままでは風邪をひくのではないだろうか。
それはいけない。
鬼道は自分のマントを脱ぐと彼女にかけた。
そして生徒手帳のページを破りさらさらと達筆に次の文字を書いた。


【マントは雷門中サッカー部の円堂 守に渡してくれ。】


あえて名前は書かずにセロハンテープで張り付けた。
一度は雷門にこのマントを返しに来る。
その時にどこの学校か調べればいい話だ。
気持ち良さそうに眠っているのに起こすのはかわいそうだと思う。
鬼道はそんなことを考え、口角を上げた。
そして身を翻し図書館から出る。
マントがないのに少し違和感があるが、この際それは気にしないことにする。
あの少女とまた話せるかもしれないならそれぐらい何ともない。
また会えるだろうか。
そんな淡い期待を胸に鬼道は家路を急ぐのだった。

図書館の中の面影