小説 | ナノ
―どうしてここにいるんだろう?
凛は先ほどから何度目になるのか分からないが、心の中で考えていた。
雷門中なんか、今週に試合で来るのに。
彼が…鬼道がいるのに。
今は、別人なのに。
昔と今、凛は根本的に変わってしまったのだ。
もう今の凛鬼道の知る凛ではない。
凛はサッカー部の練習を眺めながらぼんやりとそう思った。
時折、鬼道が技を発動してそちらに一瞬目がいくがまた元に戻る。
―一年前から技は変わっていない。
練習を(勝手に)見学した感想をまとめて、寮に帰ろうかと立ち上がった瞬間だった。
「危ない!!」
そう焦った声が凛に向けて発しられた。
その声を方を見ると、そちらからはサッカーボールが一直線に飛んできていた。
ベタな少女マンガのようなシチュエーションに凛は苦笑を漏らす。
しかし、少女マンガは少女マンガだ。
ボールが向かうのはそこいらにいる普通の少女ではない。
帝国学園サッカー部部長、城崎 凛だ。
ボールの軌道を読み、すっと片手を出して飛んできたボールをいとも簡単に受け止める。
手の中で回転していたボールはやがておとなしくなり、凛落ちかけたところをあいていたもう片方の手で落ちないように支える。
その光景に雷門中サッカー部全員があんぐりと口を開けているのが分かった。
「このボール、あんたたちのでしょ、ハイ」
凛はそう言ってポーンとボールをゴールキーパーの少年に蹴った。
オレンジのヘアバンドを身に付けた少年には見覚えがある。
確か、買い出しの時にいたあの少年だ。
名前は、円堂 守。
凛の記憶が間違っていなければ雷門中サッカー部のキャプテンだ。
まさか、ゴールキーパーだったとは思わなかった。
凛がそんな風に考えている時、円堂は凛の蹴ったボールを受け止めようとしていた。
しかし、力の差と言えばいいのか。
普通に蹴っただけのボールであるにもかかわらず、彼は止められなかった。
いきなり現れた帝国生にサッカー部全員が驚いて声も出ない様子。
それはあの鬼道も例外ではない。
世宇子中勝った実力はこんなものか。
少しがっかりして、帰ろうとしていた凛に、土門が声を漏らした。
「もしかして、凛…?」
「飛鳥…?」
自分の名前が呼ばれて振り返って声の主を探してみると、それはまぎれもなく土門 飛鳥であぁ、そうか、飛鳥は帝国から雷門に転校したんだったなと思い出す。
最近なっていなかったのはそのせいだったのか。
一人納得していると、円堂が駆け寄ってきて凛の手を握りながら言った。
「お前、すっげぇな!!」
きらきらという効果音が似合いそうな瞳で凛を見る彼に失礼ながらも凛は逃げたい、と切実に思った。
気持ち悪いからではない。
ただ単にそう言った視線からのがれたいだけだ。
「お前、すっげぇな!!帝国のサッカー部!?
…ってあれ?前に会ったあの子…?
買い出しの時にあった子だよな!」
「そうです…、離していただけますか?」
凛は口ではそう言ったものの半ばむりやり引き抜く形で円堂の手から自分の手をひっぱりぬいた。
あぁ、怖かった、と心の中で思いながら手をなでる。
土門が凛に問う。
「なんでお前こんなところにいるんだよ?」
「病院、検診受けに来た」
「そのついでにふらっと見に来たってことか」
「うん、そう
私、そろそろ帰るね」
「おう、気をつえてかえれよー」
土門の言葉の後に凛はサッカー部部員たちに背を向けて歩いていく。
その背中が見えなくなってから一之瀬が土門に問う。
「土門、あの子は?」
「俺の幼馴染」
「サッカーやってるの?
さっきのシュート、すごく強かったみたいだけど」
「まぁ、趣味程度にね」
その言葉を言った土門の顔は少し何かを悩んでいるような、そして辛そうな顔で、それ以上は何も聞くことができなかった。
そのころ、凛はニヤリ、と妖気的な笑みを浮かべ、勝算がこちらにあることを確信していた。
帝国のサッカーのレベルと、雷門のサッカーのレベル。
それは天と地の差がある。
今の状態なら十分に復讐が出来る。
なんて嬉しいことなのだろうか。
緩む頬を引き締めながらつぶやく。
「もう少しで、地獄を味あわせてあげるから」
その時の空はまるで血のように真っ赤だった。
勝算はどちらへ傾く?