小説 | ナノ


試合申し込みをしたあの日から数日後。
HRが終わった教室で凛は帰る準備をしながら佐久間にこう告げる。


「今日、私は部活欠席にしておいてくれ」
「何かあるのか?」
「病院」

佐久間の問いに凛はそれがさも当然であるかのように短く答えた。
帰ってきた答えに佐久間はあぁ、今日だったか、と理解したように手を打つ。
そして、分かったと言ってうなずく。
それを確認した凛は教室を後にした。
一度女子寮に戻り、かばんと取り換えるようにして財布と診察券などが入ったポーチを手にして学校の敷地から出る。
彼女が向かうのは私立病院。
凛の抱えた病気の定期検診のためだ。


「面倒だ…、なぜ離れた病院にまで行かなきゃならない…」


いつも口にする言葉を漏らし、病院までの道を歩く。
しかし、凛にとって定期健診など何の意味もなさない。
なぜなら、彼女の持病はどうあがいたとしても治らないのだから。
その事実はほかでもない凛自身がよくわかっている。
生まれた時から、他人よりも生きられる時間が短いことはきまっていたのだ。
それをどうして無理にでも引き延ばす必要があるのだろうか。
結局のところ、凛はあきらめている。
生きることを、そして、自分と向き合うことを…。


―*
病院の待合室とは実に居心地の悪いものだ。
凛はいつも思う。
何をしているわけでもないのに突き刺さる視線と、そして興味。
ただ帝国の制服を着ているというだけで羨むもの、ねたむもの。
その上に加えて、凛は美少女だ。
そのせいもあって、いつもこの鬱陶しい視線に悩まされる。
はぁ、とため息をつき、そろそろ気が滅入ってきたぞ、言うときに看護士が凛の名前を呼んだ。


「城崎さん、こちらへどうぞ」


その声にすっと立ち上がり、案内され診察室へと歩く。
失礼します、と言って診察室に入ると、主治医かけられた言葉は実に日常的にかけられる言葉だった。


「おや、また背が伸びたのかい?」


病院らしくない言葉に凛の緊張感が切れる。
吹きだしてしまいそうになるのをこらえて問いに対しての言葉を発する。


「そうですか?自分じゃよく分かりません
 でも、後輩と大分身長差がつきました」
「それは背が伸びているってことだよ
 そんなに早く背が伸びるのは女の子じゃ珍しいことだ」
「そうですか」
「うん、成長期の男の子なら普通なんだけどね
じゃ、診察を始めようか」
「はい」


一言返事をして椅子に座る。
その後に聴診器が体に当てられた。
ヒヤリと聴診器は冷たく、もうそんな季節なのかと凛はぼんやりと思った。
それが終わると血液検査やMRI検査…。
検査は山積みで結果が出るのに数時間ほど要した。
検査結果が出た後、再び診察室に呼ばれ結果が告げられる。


「凛ちゃん]
「はい」
「やっぱり、病気進んでるね」
「そう、ですか…」
「まだサッカーしてるのかい?」
「やってます、部長なので」
「…でももう、サッカーは…」
「分かってます、やらない方がいいことは
 入院していたほうがいいのも分かっています。
 でも、今はやめられないんです、 一年前、前の部長がやめたから…」
「鬼道有人くん、だったかな」
「そうです。
 彼がやめた後、私は落ち込むサッカー部を引っ張ってきました
 最近、部長が変わったことにもようやく慣れてきたのに、私がやめたら今度こそサッカー部は…
 だから、体が動く限り、サッカーはやっていたいんです」
「そうか…
なら、無理はしないようにね」
「…え?」

予想していなかった主治医の言葉に凛は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
それを予想していたのか、主治医が続ける。


「そんなにサッカーがしたいのなら、軽い程度にはしていいよ
 でも、無理はしないでね、病気が進行するから」
「はい
 次の試合が終わったら、もう選手を辞めるつもりなんです
 だから、心配はしないでください」
「そっか、試合頑張ってね
 じゃ、もう行っていいよ」
「ありがとうございました」


凛はぺこりとドアの前で一礼してから会計へと向かう。
会計をを済ませ、病院の近くをふらふらと歩く。
冬のヒヤッとした風が喉元をなでる、ぶるっと体を震わせた。
もう冬なのだな、とかすかに思う。
あと、何回冬を迎えられるのだろう。
ぽつんと頭の中に浮かんだ。
もう、残された時間は多くないはずなのだ。
生きていられる時間も限られている。
一体、何をしたいのか。
それすら分からない。
ただ、鬼道に復讐したいのだけは明確なのだが、それを達成した後は何がしたいのだろう。
何も浮かばない自分が怖い。
私って、いったい何なんだ…?
呆然とする凛の耳に明るい声が届く。


「おい、お前ら!!そんなんじゃ帝国に負けちまうぞ!!」


声の主は円堂だろう。
あぁ、そう言えばここは雷門中の近くだったな、とふと思い出す凛。
それから、何を思ったのか彼女の足は雷門中のほうへ向いていた。



刻々と迫るタイムリミット