小説 | ナノ




「鬼道さん!!」


帝国学園の廊下に明るい声が響く。
鬼道が振り返ってみればサッカー部部員の留衣が手を振りながら走ってきていた。
その姿を見て鬼道は半分呆れた声で言う。


「そんなに急ぐと転ぶぞ」
「わっ!!」


鬼道の言葉の後に派手に転んだ留衣。
そんな彼に手を差しのべながら鬼道が言う。


「あまり急ぐな、おまえはすぐに転ぶんだからな
 そんなに急がなくても俺は逃げたりしない」


留衣は、はははと苦笑を洩らしながら彼の手を取って立ち上がる。
そして、顔からあふれんばかりの笑顔を浮かべてこう言った。


「鬼道さん、部活に行きましょ!」



―*

「佐久間!!パス、パス!!」
「ほらよ、留衣!」


サッカー部が縦横無尽にグランドを走り回り、サッカーボールを蹴る。
留衣もその例外ではない。
佐久間にパスをもらい、源田が守るゴールへと走っていく。


「行け!!そこでシュートだ!!」


佐久間が留衣に言った。
留衣はこくんとうなずいて高く跳びあがった。
しなやかに反った体はとても男子のものとは思えない程細い。
そして、柔軟性に優れている。


「突き刺され!!アイアンフェザー!!」
「パワーシールド!」


ゴールキーパーである源田は自らが使える一番強力な技を繰り出す。
相手がだれであろうとて加減はしない、それが源田幸次郎である。
キング・オブ・ゴールキーパーの名はだてではない。
しかし、そんな源田のパワーシールドは留衣のアイアンフェザーによっていとも簡単に突き破られた。


「よっしゃぁ!シュート!」


ニコニコと笑う留衣に鬼道は目を奪われていた。
彼が‘男’ではなく‘女’なのだと鬼道は知っている。
それがサッカー部に入るためだということも、本人から聞いていた。
女だから、と最初は軽視していたものの部活内で見せる彼女のサッカーはそんな軽視をはねとばした。
男子部員にも引けを取らないのだ。
スピードに至っては佐久間以上。
そして、レベルの高いテクニックは自分をも超えるだろうと確信させた。その驚異的な身体能力は性別の壁を壊してしまった。
そんな彼女に鬼道は惹かれていたのだ。

サッカー選手、としてではなく一人の少女、として。

でも、そんな幸せは長く続きはしなかった。


「みんな頑張ってね!」


その日、留衣はマネージャー業をこなしていた。
留衣は選手兼マネージャーのためよくジャージを着てベンチでカリカリとシャーペンを走らせることも少なくはない。
帝国指定のジャージに身を包む留衣はグラウンド外を行ったり来たりでとても忙しそうだ。


「今日は、マネージャーの日じゃん」
「あいつのプレーが見られないのは残念だけどな」


サッカー部部員たちは留衣を見て囁き合う。
部員たちは留衣が女だと言うことは知らない。
留衣が鬼道に固く口止めをしたからだ。
そのため、鬼道は彼らに女であるという事実を話していない。


「あ、教室に差し入れ置いてきちゃった
持ってくるね!!」


留衣はそう言って校舎の方へ走っていった。
短く切られた茶色い神が彼が走るたびに左右に揺れる。
それを横目に見ながら鬼道は部員全員に指示を出す。


「あいつが帰ってきたら一回休憩だ
それまでシュート練習!」


その後にはい!、という返事が返る。
それから各自シュート練習が始まった。


「フリーズショット!」
「百列ショット!」
「ダイナマイトシュート!」


次々とシュートが放たれる。
どれもこれも威力はすごく、ここらには対等に張り合えるチームはない。
いや、帝国はFF優勝校だ、日本中を探してもまともに張り合えるチームなどそうそういないのではなかろうか。
練習風景は、それを証明するかのように激しく辛いものだが、それの練習があって事の栄光なのだろう。


「ツインブーストだ」


鬼道がそう言ったと同時に佐久間がダッシュでかけ寄った。
ペアになるのは自分だ、とでもいうような速さに鬼道は苦笑を洩らす。
佐久間にあきれながらも鬼道はボールを上に蹴りあげた。

その瞬間佐久間がぴょんっと高く跳びあがり、そのボールをヘディングで下へ落とす。

そして、鬼道がそのボールをゴールに向かって蹴る。
信頼し合っているからこそできる連携技だ。


「おーい!
今日はケーキ焼いてきたのー!」


留衣がケーキが入っていると思われる箱を胸に駆け寄ってくる。
もちろん、練習中なのでグランドの中には入らず外で待機しているのだが。
だが、それが悲劇を呼んだ。
ボールが軌道を変えたのだ。
ボールの先には、留衣。
誰も軌道の先に走り込めるはずもなく、両眼を見開いた彼はその場にかたまってしまった。
いつもならば止められるボールなのだが、不運なことに今両手はケーキで塞がっている。
止めることができないのだ。


「あ…、あぶ…!」
「留衣、逃げろ!」


源田が大声で叫ぶ。
だが、その声が聞こえた時にはもう時は遅かった。
地面に落ちる赤い滴と、絶叫。
あぁ、どうしてこうなったの?

「うぅぅ…」
「おい、起きろ、起きろ!」


体を揺らされて、はっと目を覚ましてみればそこは電車の中だった。
―あぁ、そうだ。
部活で必要なものを買いに出かけていたんだ。
凛は思い出して息をついた。
それと同時にさっきの忌々しい過去が夢で見たものなのだと気付く。


「お前、ずいぶんうなされてたぞ
どうしたんだ?」

「夢を見た、あの日の、な…」
「…そうか」


佐久間はそれだけ言うと、前を向いた。
深入りは、しないと決めたからだ。
凛を苦しめることはしたくないし、何が起こったのかを知っているから。
もうあの悲劇を思い出して欲しくないから。


「もう、あの続きは見たくない…
けほっけほ…」
「大丈夫か?また悪くなったんじゃ…」
「心配するな、大丈夫だ」


凛は前を向く。
源田も、それにならって前を向いた。
向かいに座っていた女子高生や男子高生がこそこそと何やら耳打ちしている。
凛は美少女なわけだし、佐久間と源田はイケメンだ。
それに、源田と佐久間は帝国の制服を着ている。
そう言う風に見られるのも慣れた。
いつものことだと、無視する。

「なぁ、マジで試合すんの?
止めた方がいいんじゃないか?」
「申し込んだのだから試合する
申し込んだ方から辞退なんてバカなこと、できない」
「そうか」


その一言で会話が途切れた。
ぼんやりと外を眺める凛を見て、佐久間と源田は違和感を抱いた。
いつもと違う彼女にどう言葉をかけて良いものか分からず、無言のまま寮へと戻ってきてしまった。

消えた思い出の美しさ