未来日記 | ナノ


目を覚ませば、兄さんが私の顔を覗き込んでいた。
覗き込むと言っても、彼の目に私が映ることなんてないのだけれど。

「瑠斗、ナゼサッキ1stヲ殺スナドト言ッタ?」
「兄さん、話の前に変身を解こうよ。首に縄の痕がついちゃう」

リボン結びにされた縄の先を引っ張ると、小さく音を立ててほどけるそれ。
縛るものがなくなったマスクを外すと、その下にあったのは少し怒ったような顔だった。
大方、なんでそんな顔をしているのかは分かっている。
私の予想通り、兄さんは口を開いた。

「瑠斗、日記所有者としてサバイバルゲームに参加するのは仕方ありません。でもなぜ自分から危険に飛び込むのですか」
「兄さんが、全盲だから私が兄さんを守らなきゃと思って」
「私は正義のヒーローですよ。瑠斗の助けはいりません」
「兄さんは、いつもそう。正義のヒーローだからって、私を巻き込みたがらない。でもね兄さん。私は兄さんに助けられたの、数年前に。今回のサバイバルゲームは、いつもの善行の途中で子供に石投げられたりするような、そんな小さなレベルじゃないんだよ。そんなゲームを、一人で勝ち上がるなんて無理だよ…。兄さん、私兄さんが死んだらどうやって生きればいいの…?」

ボロボロと零れる涙に気付いたのか、兄さんがオロオロと慌てだす。
そしてぎこちなくではあるが、私の背に腕を回して私を抱き締めた。
一定間隔で鼓動を繰り返す心臓と、兄さんの体温が感情の起伏を静める。
涙が止まり、落ち着いた私に兄さんの手が伸びた。
手の行き先は私の頭。
兄さんは優しく、ゆっくりと私の頭を撫でた。

「瑠斗の気持ちを、考えていませんでした。すみません、瑠斗。ですが、瑠斗が言ったことは私が思っていることでもあるんですよ」
「兄さん…?」
「私は瑠斗が傷を負ったり、死んでしまうことが怖いんです。数年前、瑠斗があんなことになっていることを聞いたとき、私がどれ程ショックを受けたことか。幸い瑠斗が生きていたから、私は瑠斗を守ることが出来ました。今回のサバイバルゲームでは、瑠斗が死ぬかも知れないでしょう?そんなのは、私には耐えきれないんです」
「兄さん……」

今にも泣き出しそうな兄さんを抱き締め、腕に力を入れる。
大丈夫だよ、兄さん。私は死なないよ。
それを伝えたくて、ぎゅうぎゅうと自分の体を押し付ける。兄さんが悲しいことは、私も悲しい。
私が兄さんなしで生きられないのと同じで、兄さんも私なしじゃ生きられないんだ。
家族という枠を越えた、歪な関係の私達はお互いを失うことにとてつもない恐怖を感じる。
でも大丈夫、私は兄さんが私に死ねって言うまでは死なない……ううん、死ねないから。

「兄さん、大丈夫だよ。私は死なないから。兄さんを守るから」

私の一言に、兄さんは光を知らない瞳からボロボロと大粒の涙をこぼしたのだった。


正義のヒーローと正義のヒロイン