泣かせたみたいだったから  



どうして、彼女は泣いているんだろう。俺には、全くわからなかった。
ぽろぽろと静かに涙を流す苗字を見つけたのは、偶然でしかなかった。
練習しようと一番コートへ向かっているときに、コートの視界となるところで肩を震わせている苗字を見つけたのだ。
生憎俺は女性の扱いには全く慣れていない。
だからこういうとき、どうしたらいいのか全く分からない。
俺は、苗字にどうしてやればいいんだろう……?

「苗字」
「徳川、さん……!」
「どこか、痛いのか? それとも、何か辛いことがあったのか?」
「そんなんじゃ、ないですよ」
「なら、どうして泣く?」

俺の問いに、苗字はうつむいて黙り込んでしまった。
聞き方を間違えたんだろうか。
それとも、触れて欲しくないところに触れてしまったんだろうか。
同性ならどう対処するべきかなんとなく分かるのだが、異性となると対処の見当もつかない。
こんなとき、入江さんならすぐに彼女の涙を止められるだろうに。
無意識に出た入江さんの名に、俺の左胸がずきりと痛んだ。
なぜなのか、俺にはわからない。でも、今入江さんに苗字をあわせたくないような気がした。
確かに入江さんなら、今の状況をいいほうに変えてくれるだろう。
分かってはいるが、今は入江さんを頼りたくなかった。
今苗字を入江さんに会わせてしまったら、俺の手の届かないようなところに彼女が言ってしまいそうな気がして。

「その、言いにくいことでなければ、俺が聞くが……」
「徳川、さんっ……! うぅぅ……」

俺が声をかけると、苗字はまた綺麗な瞳から、大粒の涙を流した。
せっかく泣き止んでいたのに、俺が泣かせてしまった。
俺は苗字を泣かせることしかできないのか。
本当は、笑顔が見たくてたまらないのに。
俺が苗字の笑顔を作れないのだということは、重々理解している。
だから、今だけは。今だけは君の涙を見なくてもすむように。
必死で涙をぬぐう苗字を抱き寄せて、俺の腕の中に閉じ込めた。
びくりと肩を震わせて驚いた苗字に言う。

俺が泣かせてしまったようだから。泣き止むまで、ここで泣けばいい。

その言葉を聞いた彼女は、やっぱり泣き止むことなんかなく、さめざめとなくだけで。
いつになったら彼女の笑顔を見られるんだろう。
そんな風に思いながら、俺は苗字の細く華奢な体を抱きしめるのだった。


無意識ラプソディウム




―――
亜衣様、お待たせし待ってすいません!
半年ほどかかってしまい、合わせる顔がありません……。
お題のほうが選択されていなかったので、こちらで勝手に決めさせていただきました。
お気に召す文章でなければ、申し出ていただければすぐに書き直しをさせていただきます。
お気軽に申してくださいね!
リクエストありがとうございました!



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