剣城連載 | ナノ



あのとき、化身使いの少女がグランド横の傾斜をかけ降りて来ていなかったら。
そう考えると、彼は心底恐ろしくて、その考えを忘却の彼方へ押し込んだ。

年下の救世主



イヴが校舎へ消えた後、サッカー部部員達は先程の次元の違いすぎる出来事に驚きを隠せなかったらしく、しきりに言葉を発している。

「女の子で化身出せる子いるんだ!
俺、初めて知った!」
「でも化身使いってことはシードかもしれませんよ?
なんで俺達がフィフィスセクターに目をつけられてるんですか…」

浜野の言葉に、速水がいつものネガティブ思考全開の言葉を返す。
いつもなら考えすぎだ、と声が飛ぶはずだが今日に限ってはそれがない。
それもそうだろう。
化身が出せるのはシードのみとされているため、イヴだってシードかもしれないという考えが巡るのも頷ける。
それはサッカーをやる者なら、誰しも考えることだ、仕方がないといえば仕方がない。

「けどよ、シードならなんで俺達を庇ったんだよ?
同じシードなら潰すだろ」

ずっと考え込んでいた小柄な少年倉間が言う。
彼の言葉も最もなもので、誰も否定も賛成も出来なかった。
どことなく沈んだ重苦しい空気の中で、神童が重々しく口を開いた。

「現段階では味方とも敵とも言いがたい
とりあえず、今は傷の治療と練習だ!」

その言葉に全員が頷き、部室へと足を進める。
松風がユニフォームの土をはらって脱ごうと手をかけたとき、ぬっと近付く影があった。

「松風、お前はさっきの少女が敵だと思うか?」
「俺は、そうは思いません
俺たちを守ってくれたし、それに…」
「それに?」
「サッカーを心から好きだって伝わってきたんです」
「……そうか」

影は久遠で、質問の答えを聞いて考え込んでしまった。
その様子に松風は首を傾げていたが、気にせず更衣に移る。
黙り込む久遠に、音無が心配そうに言葉をかけた。

「久遠監督、」
「もしかしたら、さっきの少女が聖書沿いのイヴなのかもしれない…」
「聖書沿いのイヴって…」

驚いた声をあげ、校舎の方を振り向いたが、もうそこにイヴはおらず、ただ柔らかに風が吹くだけだった。