リレー小説 | ナノ


昨夜の弱々しさがまるで夢であったかのように、目の前で自分の作った弁当を食べている仁王は普段となんら変わりない、と瑞季は思った。

「どうした、結城。箸が進んでいないようだが。」

物思いに耽っていると、不意に柳に声をかけられた。彼の方を見れば、不思議そうな顔をしている。

「え、ああ、ちょっとな。」

とまっていた食事を進めながら、ちらと仁王の方を見遣る。やはりそこにいるのは、瑞季のよく知る飄々として掴みどころのない、仁王雅治だった。

「丸井、人のおかずをとるのは感心しないな。」

「別にいいだろい。いつものことだって。」

再び、柳の声で現実に引き戻される。どうやら自分は、丸井がおかずをとろうとしていたことに気づかなかったらしい。今日の自分は思いのほかぼんやりとしているようだ。

「別にええよ。今更注意しても変わらんやろうし。」

苦笑しながらそういえば、丸井は心外だというような顔をした。自業自得じゃないか、と思う半面、微笑ましいなとも思う。

「それにまあ、美味しいと思ってくれてるってことやろ?」

丸井に向けてそういえば、調子の良い答えが返ってきた。

「そうそう!」

その笑顔が本当に美味しいのだと物語っているから、決して無下には扱えない。

「本当旨いぜ!な、仁王。」

一言も発さず、弁当を食べていた仁王に丸井が声をかける。仁王が食事中に喋らないのはいつものことで、別に不思議なことではないのに何故か少しだけ緊張した。

「当たり前じゃ。そうでなければこんなに黙々と食べとらん。」

仁王は一度口を閉じたあと、自分で言うのもなんじゃがな、と付け足した。そう言い終わると、食事を再開する。

「真顔で褒められると、嬉しいけど、なんや照れるな。」

不覚にも可愛いと思ってしまった昨日の仁王はどこに行ったのだろうか。家庭科の応用で作ったおかずを咀嚼しながら自分の弁当を眺めていると、箸が伸びてきた。また丸井かと思ったがどうやら違うらしい。箸の持ち主は仁王だ。

「仁王?」

不思議に思い、そう呼んで仁王を見れば、彼と目が合った。

「卵焼き、貰ってええか?」

一瞬何を言っているのかわからなかったが、ああ、卵焼きかと弁当箱を仁王の方へ少し寄せる。

「どうぞ。」

「すまんな。」

すまんなと言うわりにはすまなさそうには見えない。むしろ嬉しそうに見える。

「珍しいな、仁王がウチの弁当からおかず欲しがるやなんて。」

今までのことを思い返しても、そんなことはなかったはずだ。

「好きなんじゃ。」

思わず箸を落としそうになったが、どうにか持ち直した。

「お前さんの弁当がの。」

思わず仁王に目を遣る。にやりと笑うのかと思いきや、そこには今まで見たことのないやわらかな笑みを浮かべた仁王がいた。

「一本取られた、か?」

今の今まで我関せずといった様子だった柳が横槍を入れてくる。丸井もおかしそうに笑っている。

「かなわんなあ。」

こうしていつものように、一日が過ぎていく。今日も目の前で笑っている彼らや他の部員のために、マネージャーの役目を果たそうではないか。自然とそう思わせてくれる彼らが、なんだかんだで大好きなのだ。

白昼に馴染む



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リレー小説六話目は凍音が担当させていただきました。
再び長い間お待たせしてしまい申し訳ありません。素敵な仁王からどう続ければよいのかと試行錯誤した結果こんなことに…。精進あるのみですね。

ルイさん、続きお願いします!