君ともう一度夏休み | ナノ


今回、手を離したら二度と会えない気がしたんだ。
ねえ木下さん、俺は幸せだったよ。
だから、君におやすみ。


ばいばい、またあそぼうね




俺達がお社に着いたときにはもう日は落ちていた。
宵闇にぼんやりと木下さんの顔が浮かんでいる。
そのせいか、今にも消えてしまいそうな気がして木下さんの手を握りしめた。

「ねえ鳳くん、日吉くん
今日だけのお願いがあるんだけどいい、かな?」
「何?俺達に出来ることなら何でもやるよ」
「あの、ね、今日だけ名前で呼んでほしいの
ダメ、かな…?」

申し訳なさそうに俯く木下さん…ううん、早苗ちゃんに俺は構わないよ、と笑いかけた。
日吉も、なんだそんなことかと呆れたように言って早苗、と彼女の名を呼ぶ。
俺と日吉の二人に名前を呼ばれて早苗ちゃんは弾かれたように顔をあげて笑った。
その笑顔に安心していたからなのかな、俺は早苗ちゃんが少し辛そうに笑ってた事を知らなかったんだ。

―*
お社を抜けて夜店を回る。
約束のたこ焼きとりんご飴を買って、俺は早苗ちゃんに差し出した。
早苗ちゃんは嬉しくて堪らない、とでもいうような笑みを浮かべてそれらを受け取った。
良かった、笑ってくれてる。
俺は、これくらいしか出来ないから。
君が笑ってくれたら俺はもっと頑張ろうって思えるんだ。
早苗ちゃんの好きな金魚すくいや射的、輪投げもやって少し早苗ちゃんに疲労が見え始めた。
それに気付いた日吉がラムネ買ってくる、と言って少し離れた夜店へと向かっていった。
この場には俺と、早苗ちゃんだけ。
どこかで座ろうか、と声をかけ歩き始めたとき、するりと早苗ちゃんの手が俺の手から滑り抜けた。
驚いて振り向くと早苗ちゃんは、泣いていた。
さめざめと静かに涙を流す彼女に俺は聞いた。

「早苗ちゃん、どうしたの?」
「鳳くん、私の心臓ね、もう止まってるの…
あの日から、ずっと…」
「…っ、」
「あの日ね、事故に遭うなんて思わなくてあの人の呼び出しに答えたの…
鳳くんに、気にかけて、ほしくて…」

そう言って早苗ちゃんはまた泣いた。
ねえ、そんな顔しないでよ、俺まで悲しくなるよ…。
でも俺に気にかけてほしかったってどういう事?
俺がそんな風な顔をしていたのか、早苗ちゃんはしゃくりあげながらもこう続けた。

「私…、鳳くんが、好き、だったの…」

その言葉に俺は動揺した。
だって、早苗ちゃんの好きな人が俺だなんて思わなかったから。
俺だって、早苗ちゃんが好きだよ。
でも今それを言ったら、早苗ちゃんを困らせてしまうような気がしたんだ。
だから、どう答えればいいのか悩んで口ごもってしまった。
すると早苗ちゃんは眉根を寄せて悲しげに問う。

「鳳くんは、私の事嫌い?」
「ううん、そうじゃないよ
でも言うと早苗ちゃんを困らせそうで…」
「…言ってよ、鳳くん
私、どんな答えでも、平気、だよ…」

眠そうに目を擦って、呂律の回らないらしい舌で言った。
無理しないでよ、早苗ちゃん…。
眠いなら寝ていいんだよ。
ふらりと揺れた早苗ちゃんの体を抱き止めて強く抱き締めた。
そして、言う。

「早苗ちゃん、俺、好きだよ…」
「嬉、しい…、ねえ鳳くん、もう、こっちにいるの、辛いんだ…」
「無理、しなくていいんだよ…
だから、ゆっくり、休みなよ…」

知らない間に流れた涙が早苗ちゃんの頬に落ちた。
ちょっと目を細めた早苗ちゃんを俺は優しく撫でる。
嬉しそうに笑った早苗ちゃんは途切れ途切れに言った。

「鳳く、眠い…、最後に、鳳くんと…話せて…、良かったよ…」
「早苗、ちゃん…」

「おやすみ、いい夢を、見てよ…?」

寝息をたてるでもなく俺の腕の中でぐったりと身を任せる早苗ちゃん。
その体が光の粒子になって空に消えていく。
今度こそ、本当にさよならだね…。
右手を掴んでももう虚しく手をすり抜けるだけ。
ごめんね、俺は何も出来なかったよ…。
今度は、俺がそっちに行くよ。
だからそれまでさよなら。
次に会えたら、繋いだ手を離したくないな。
君が楽しい夢を見てることを願うよ。

それから俺は毎晩空に問いかけるんだ。


「ねえ早苗ちゃん、楽しい夢、見れてる?」