君ともう一度夏休み | ナノ



海に足だけつけてはしゃぐ君を、ずっと見ていたい。
ホントは分かってるんだ、君がもうこの世にいないってこと。


哀しいから忘れちゃったの




海水を足で空に飛ばしながら木下さんは楽しそうに笑う。
器用に浴衣を濡らさないように捲し上げているところを見ると笑みしか浮かばない。
また二年前と同じように、日吉に帯を結んでもらうんだろうな。
木下さん、自分じゃ帯結べないから。

「鳳、お前はどう思う」
「木下さんの事?」
「ああ、アイツはもう死んでるんだ
化けて出るならまだしも実体があるんだぞ」
「それは不思議だと俺も思ったよ
でも、それを考えるより俺嬉しいんだ」
「俺も分かるがこれはオカルト的に不思議すぎる」

日吉は唸りながら考え始める。
不思議だとは思うよ、木下さんに触れるのは。
でも俺は考えることを放棄した。
木下さんが笑ってるなら、それが理由なんだと思う。
そんな風に考える俺はダメなのかな…?
なんて考えてると木下さんがパタパタと走りよってきた。
あーあ、浴衣着崩れしてるよ?

「そろそろ夜店を見に行こうよ!
たこ焼きにりんご飴、鳳くんが買ってくれるんだし!」
「その前に浴衣をどうにかしようよ、日吉に帯結んでもらおうね」
「全く、お前は…
木下、来い、直してやる」

日吉はそう言って帯をほどいて結び直す。
昔と変わらない手際の良さだ。
一文字に帯を結び終わると日吉は帯をぽん、と軽く叩いた。
それが俺には悲しそうに見えて、心が傷む。
俺が、悲しみを生んだんだよね…?
ごめん、と謝っても謝りきれない事の大きさに泣きそうになる。
木下さんを死に導いたのは、俺、じゃないか。

「鳳くん、手繋ごうよ」
「うん、そうだね」

からめられた指は温かくて小さくて。
彼女の時間を止めたのは紛れもなく俺で、木下さんは十三才から動けない。
ねえ、それなのにどうして優しくしてくれるの?
出来るなら、この手を離したくないよ。
それが、叶わぬ願いだと分かっていても願わずにいられないんだ。
あの日の事は、君の手を離してしまったことしか覚えていない。
他は哀しくて忘れちゃったんだ。
俺は木下さんと俺の責任から逃げた。
それでも、木下さんは俺を許してくれますか。