君ともう一度夏休み | ナノ



本当はね、木下さんに言いたい事たくさんあるんだよ。
でも木下さんに会ったら、やっぱり言わずにおこうって思った。
木下さんを、困らせたくないから。


言えなかったよ、いっぱい




次の日、木下さんと駅で待ち合わせして電車に乗り込んだ。
待ち合わせ場所は木下さんが生きてた頃と同じ本屋さんの前。
これが、未だに日吉と俺の待ち合わせ場所になっていることは秘密だ。
海に行くときは絶対遅れない木下さんは今回も待ち合わせ時間の十分前には本屋さんの前にいた。
電車の中で、日吉が呆れたように言った。

「木下、海に行くときは待ち合わせ時間に遅れないのはいいことだがその他でも余裕を持て」
「うー、日吉くん厳しいなー…」
「フン、普通だ」

そう言いながらも口元が笑ってるよ、日吉。
それに、いつもより話も短いし。
やっぱり日吉も嬉しいんだね。
俺も、どうしようもなく嬉しい。
隣で木下さんが笑ってることが、俺は嬉しい。
紺色の浴衣を着た木下さんはちょっと大人びて見えて、ちょっとドキドキする。
二年前までの白の浴衣も俺は好きだったよ。
なんて言えなくて胸の中にしまいこむ。
浴衣の色に触れたら、木下さんを困らせそうな気がして。
だから俺は黙っておくよ。
そんな事を思っているうちに海のある駅についていて三人で慌てて電車を降りた。
もう少しで乗り過ごすところだったね、という木下さんの言葉に苦笑して頷く。
気をつけないとな、の日吉の言葉でその話は終わって海に向かって歩き出した。
蝉の大合唱と、焼けたアスファルト。
この上なく辛い中だけど俺は平気。
隣に、木下さんがいるから。

「鳳くん、海と花火楽しみだね」
「うん、でも楽しみなのは夜店もでしょ?」
「えへへ、鳳くんにはお見通しかー」
「たこ焼きとりんご飴買ってあげるからね」
「やった!鳳くん優しい!」

ニコニコ笑う木下さんに俺も笑顔になる。
その笑顔をずっと見ていたい、とかずっと傍にいたい、とか木下さんが好きだよ、とか言いたい事は山ほどあるけど俺には言えない。
だって、俺には言う資格がないから。
木下さん、好きだよ。
この言葉だけは墓まで持っていく、そう決めたんだ。