ブレイブストーリー | ナノ



波打った床から黒い影の様な物が現れた。
それは、翼が生えた女の人のようで、ウエストがやけにくびれている。
のっぺらぼうだった顔とおぼしき場所に目と口が出来た。
私はそれをただ見上げるだけ。
某野先輩達もそうらしく、ただそこに突っ立っている。
日吉が恭しく頭を下げて言う。

「ようこそバルバローネ
美しいあなたへの生け贄です」

日吉の言葉にバルバローネ、と呼ばれた黒い女の人がにいっと口角を上げて笑った。
その次の瞬間、某野先輩をつまみ上げてごくりと飲み込んだ。
彼がもがいた時に脱げた靴が床に落ちて虚しい音を立てる。
それで我に返ったのか、残りの二人が恐怖に背を押されるようにしてその場から逃げ出した。
しかしバルバローネは二人が逃げる方へ先回りしていとも簡単に彼らを飲み込んでしまった。
初めて幽霊ビルに静寂が訪れ、ふと気がついた時には日吉が私を起こしていた。

−*
私と日吉は幽霊ビルの近くにある公園のベンチに腰かけていた。
日吉が口を開く。
「大丈夫か」
「うん、平気
それより日吉くんの方が痛そうだよ、口の端とか切れてるし」
「心配するな、これぐらい何ともない」

そう言って両手に持っていた缶を私に差し出す。
受け取ってみれば、それは三ツ矢サイダーで、私はありがたく頂くことにした。
プルタブに指をかけ手前に引くと、勢いをつけすぎたのか少し中身が零れた。
気にせず口をつけるとじゅわり、と炭酸が口の中を刺激してある特定の場所で痛みを生む。
それに耐えていると日吉がお前も口を切ったか、と笑っていた。
そして私に問う。

「羽生、お前何で幽霊ビルにいた」
「…足が勝手に向かってた
それよりさっきのは何?
日吉は幽霊ビルで何をしようとしてるの?」
「……」

私の問いにだんまりの日吉。
言いたくないのだろうか。
言いたくないなら仕方がない、と諦めていたら宝玉を探していた、と小声で答えらしき物が返ってきた。
え、と聞き直せば日吉は私の目に視線を合わせながら続ける。

「俺は願いを…いや、運命を変えるために宝玉を探している
そのために幻世(ヴィジョン)へ行く
幸せなお前には分からないかもしれないがな」

日吉の言葉に私の胸が泡立った。
私が、幸せ…?
そんなはずがない、私は父親に捨てられたんだ。
それが幸せって言えるの?
両親が離婚することが幸せって言えるの?
胸の中の怒りは収まる事をしらず、とうとう私の口からは言葉が溢れ出た。

「勝手なこと言わないでよ!
私の両親は離婚するの、私は父親に捨てられたの!
日吉くんはそれが幸せだって言うの!?」

怒鳴りながら立ち上がれば、ベンチには日吉の姿はなかった。
変わりに、飲み干された三ツ矢サイダーの缶がポツンと置いてあるだけ。
一瞬呆けた私の耳に日吉の声が届いた。

《運命を変えたいなら幻世(ヴィジョン)へ行け》
《運命を自分で切り開くんだ》

その言葉の後に、遠くで重々しく門の閉じる音がしたのは気のせいだろうか…?


怒りの炭酸