オタク連載 | ナノ



鬱だ、死にたい。
なんでこんなことになったの、こんなの絶対おかしいよ…。
現在私達は、教会の前にいる。
要するに私の家の前に立っているわけだ。
隣の忍足は、途中家に寄って持ってきたバイオリンを持って、私にやたらと生き生きしたひょうじょうを向ける。
あんたに私は生気を吸いとられてる気がするよ、本当に。

「神田さん、俺ホンマ興奮してんねんけど!」
「左様ですか。私は全く興奮してない」
「照れんといてえや、俺が気持ち悪いひとみたいやん」
「事実そうなんじゃないの? 足フェチでしょ?」
「足フェチで何が悪いん! 綺麗なものを愛でるのはおかしいことじゃ…」
「はいはい、行きますよ、黙ろうかー」

忍足の言葉を遮って、無理矢理教会の横の家に繋がる道を歩き出す。
教会がでかいから、無駄に長いんだよなこの道。
遅咲きの紫陽花が、綺麗な紫色を日の光の中で、慎ましやかに主張している。
私はこの春から夏にかけて、季節が移り変わっていく時期が一番好きだ。
儚さの中に夏への希望があるように思えて、毎年この時期になるとこの道でぼんやりと紫陽花を見る。
私有地だからどれだけぼーっとしてても怒られないのが、この道のいいところだと思う。
今年も紫陽花で小説を書こうかな、なんて頭の片隅で考えていたら、あっという間に家の前にいた。
電気がついてるから、お父さんいるんだろうな。
お母さんは、私が小さい頃に事故で死んだらしく、記憶には元々いないし。

「ここが神田さんの家なんか、シスターが動画をとる場所…」
「感動しないで、これただの家だから。聖地じゃないからね」
「十分聖地やわ! シスターの実家やで? シスターのスタジオやで? 聖地以外の何でもないわ」
「お前気持ち悪いわ、近付かないでよしっしっ」
「おや、聖羅。今日は早かったね」

二階の窓が開いて、そこから顔を出したわが父が声をかけてきた。
彼こそ我が家の大黒柱であり、神父様だ。
牧師様だった気もするけど、プロテスタントだったかカトリックだったか忘れたからもうどっちでもいいや。
忍足が焦ってるけど、なんで焦ってるのか分からない。
別に神父様だからと言って、神様に近いとかじゃなくただの人間なんだから、焦る必要なんか全くないのに。

「彼氏かい? 聖羅も年頃になったんだねえ」
「違う違う、勘違い乙。これはジギアスさんだよ、あのジギアスさんね」
「クス動のジギアスさん? 本当に?」
「うん、ホント。ほら忍足、自己紹介して」
「え、あ、ああ…、忍足侑士です。紹介に上がった通り、クス動で歌い手やってるジギアスでもあるんですけど…」
「本物ktkr! すぐにしたに下りるから待ってて!」

すごい早さで頭を引っ込めたわが父。
今ので分かるだろうが、彼も立派なクス厨である。
わが父ながら恥ずかしい。
日常会話に2ちゃんねる発の言葉がポンポン入るからね、あの人。
だいぶ毒されてると思う、恥ずかしい。
父が降りてくるのをまつこと数十秒。
すごい勢いでドアが開いた。
もうね、父の顔には満面の笑みしかなくて。
自重しろよと言いたくなるのを我慢して、とりあえずにこやかに笑っておいた。
後で会議だからな、絶対に。

「はじめまして、ジギアスさんに会えるなんて嬉しいな。僕は聖羅の父親の神田星爾だ、よろしくね」
「よろしくお願いします、星爾さん」
「因みに父はクス厨であり、ゴドファを名乗ってるよ」
「え、ゴドファさん!?」
「あはは、恥ずかしながらね」
「要するに親子でクス厨なんだよ、しかも動画もあげてるっていうね」
「俺、ゴドファさんのファンなんです…! 偶然が怖いほどに幸せやわ…」
「ははは、嬉しいな。僕もジギアスさんのファンなんだよ」

父がそう言うと、忍足は発狂したかのように奇声をあげて、荒ぶった舞を踊り出した。
もうやだ怖い。
何のために来たのさ、ここに。
そう突っ込めもせず過ぎ行く時間、プライスレス。


荒ぶる忍足の舞