十五夜(原沖)

「みんな、今日は十五夜だぞ。」

朝餉の時間、近藤が口を開く。
皆は箸を止め、そちらを振り返った。

「どうだ、今夜は皆で月見でもしないか?」

続く近藤の声に皆の顔が喜びを含む。

「よっしゃー!!じゃあ、今日はうまい酒が呑めるっって訳だな!!」
「新ぱっつぁん!酒はいっつも呑んでんじゃん!!」
「月見か。風流だな。」

いつもの三人がはしゃぐ中、沖田はやや暗い表情で膳を見つめていた。

「ん?どうした、総司?具合でも悪いのか??」

近藤がその様子に気付き、声をかける。

「何でもないですよ。みんなでお月見なんて、楽しそうですね。」
「む、そうだろう??折角今夜は晴れそうなのだ。皆で楽しまねばな。」
「…はい!!」

沖田と近藤が会話する姿を、琥珀色の瞳が捕えていた。


***

「今夜は月がでけぇな!!しかも満月だ。」
「こんな絶好の月見日和なんてなかなかねぇよな!」
「では、諸君。始めるとしよう!!」
「「「うぉーー!!」」」

近藤の音頭で宴会が始まる。

近藤の計らいで幹部のみならず、新選組総出の宴会だ。

皆呑み、踊り、喋り、日頃の疲れを発散させていた。

沖田もまた、酒杯を片手に、縁側へと腰を下ろしていた。
その隣には恋仲である原田が腰を下ろしている。

「はは、皆羽目外してやがんな。」
「ふふ。そうですね。」

原田の声に相槌を打つ沖田。
その声はいつもと特に変わらなかったが。

「…なぁ、総司。」

原田は沖田の僅かな変化も見逃さなかった。
少し眉を寄せた原田の端正な顔が、沖田の目の前に迫る。

「な//…どうしたんですか?//」

沖田は酒のせいではなく顔を赤らめ、目を瞬かせる。

「どうしたのはお前だ。今朝から…体調でも悪いのか?」
「え?」
「なんか調子がわりぃみてぇだが…大丈夫か?」

原田の瞳は真っ直ぐに沖田を捕える。

「…何言ってるんですか。僕、普通でしょ?」

そう言って沖田は笑った。

原田はさらに眉間に皺を寄せる。
そして…

「…総司。ちょっとこっち来い…」
「え!!ちょ…左之さん!!」

沖田の腕を引き、立ち上がらせると、そのまま廊下を進んでいく。
皆、それぞれに盛り上がっていたため、二人が消えたことに気付く者はいなかった。

***

「ちょっと!!」

自室に沖田を連れてきた原田。

沖田の腕を掴んでいた手を離すと、ギュッと、沖田を抱きしめた。

「!!?//」

突然のことに驚く沖田。

「…さ、左之…さん…??」

不安げに口を開けば、耳元で聞こえてくる返事。

「総司…。俺には…隠し事なんて、するんじゃねぇよ…」

その声は沖田以上に震えていて。
普段聞いたことのないような弱々しい声色。

「左之さん…」

名前を呼べば、さらに強く抱きしめられ、頭を撫でられる。
まるで、赤子を諭すように。

その優しい行為に、沖田も原田の背中へと腕を回す。

「左之さん…」

温かい恋人の温もりに、沖田の気持ちも少しずつ溶かされていく。

「…笑わないで…もらえますか?」

沖田の言葉に、原田は沖田の肩を持ち、少し距離を取る。
少し屈み、目線を沖田に合わせると、優しい琥珀に沖田の顔が映る。

「笑わねぇよ。…言ってみろ」

原田の真っ直ぐな瞳に見据えられ、沖田は頬を朱に染めながらぽつりと呟いた。

「月って…なんか見てると寂しいんです。」
「…?」

原田は首を傾げる。
月が寂しいとは、いったいどういうことなのか。

沖田は続けた。

「西洋の書物によると、太陽に照らされて、月は輝くらしいですけど…。月自体が輝いてるんじゃないらしいんです」

沖田は少し視線を落とす。

「太陽がいないと輝けない月って…思うと、なんか自分を見てるみたいで。」
「…月が…総司?」
「はい。僕も、近藤さんって言う太陽がないと、輝いていられない。」

沖田は俯き、唇を噛んだ。

「月は自分一人じゃ何もできない僕とおんなじだ…」
「総司」

名前を呼ばれ、視線を上げると、原田がクイッと沖田の顔を上に向かせる。

そして

そのまま口付けを落とした。

「…ん、っふ…っ」

沖田から漏れる甘い吐息。

唇を離すと、暗闇でもわかるほど顔を真っ赤に染め、瞳を潤ませた沖田がいた。

「総司。月は、お前が思ってるほど、不必要じゃねぇよ。」
「え?」

沖田は潤ませた翡翠を瞬かせる。

「月はな、この真っ暗な夜を、こんなに照らしてくれてんだ。」
「でも、それは…」
「確かに、太陽がないと、月は輝けねぇかもしれねぇ。だがな…」

原田はポンッと沖田の頭に手を乗せる。

「月がねぇと、夜は真っ暗なんだぜ。」

「それに、こんなに夜を明るく照らせるのは、月だけだ」



そしてそのままくしゃりと髪を撫でた。


「それに!!月がねぇと月見なんてできやしねぇ!!皆、悲しむぜ?」

ふわりと笑う原田が、沖田の翡翠に映る。

「…月は、必要だ。皆にとっても。俺にとっても…な?」



翡翠から零れる雫を指先で拭う。

原田は待ってろと言い残し、駆け足で去って行った。

***

すぐに戻ってきた原田の手には酒瓶と杯が二つ。

原田の部屋のすぐ前の縁側に二人で腰かけると、二人で酒を酌み交わす。

ふと何かに気付いた原田は、目を細める。

「総司。見てみろよ。」
「?」

杯の中を見せると、そこには

月が浮かんでいた。

「月は寂しくなんかねぇよ。こんなに近くにあるじゃねぇか。」
「…」
「ひとりなんかじゃねぇ。役立たずなんかじゃねぇよ。」
「…左之さん…」
「もし、それでも月が寂しいって言うんなら…」


「俺が…、お前も月も、愛してやるよ。」


そう言って、原田は杯の酒を一気に煽った。

「…ふふ。左之さん、くさいですよ、その言葉…//」
「う、うっせーよ!!//」

そう言った沖田の笑顔は、今日の満月のように輝いていて。
二人は満月を背に、口付けを交わした。

自分には、こんなにも温かく包んでくれる太陽がもう一人いるのだと心に感じながら。

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