*七夕(龍沖)

今日は七夕だ。

織姫と彦星が一年に一度出会える日。
ロマンチックだとは思うが、生憎俺は二人の出会いどうこうにはあまり興味がない。

今は…

(普通に…誘っていいんだよ…な?)

今日行われる地域の七夕祭りというやつに、沖田をどう誘えばいいのか。

そればかりが俺の頭の中をグルグル回っていた。


沖田と恋仲になって早一か月。
今までもそりゃデートはしてきた。


俺が考えて、俺が誘って、俺が連れて行く


そう、全部全部俺からだったり。

沖田は男女問わずにモテる。
付き合ってるって言っても、いつもいつも俺ばっかり沖田を好きな気がして、不安に押しつぶされそうになる。

(沖田は、俺と遊びに行くの…嫌なのかな?)

どうしても暗い方にばかり考えてしまう頭を少し小突く。

(いや…、沖田もあの時俺のこと好きって言ってくれたし!!そんなことあるはず…)
「ねぇ、さっきから何百面相してんのさ?」
「どあぁ!!」

いきなり後ろから声をかけられて思わず間抜けな声を上げる。
あはは、と俺を笑うのは、さっきからずっと俺を悩ませてる愛しい奴。

「沖田…練習、もう終わったのか?」
「うん。今日は七夕祭りだから、少しは息抜きしろっていう近藤さんの計らいでね。」

そう言って、沖田は俺の自転車の後ろに当たり前のように跨る。

「そういうわけだから早く行こうよ。地域の祭りだから、早くしないと終わっちゃうよ?」

サドルを叩いて俺に早くするよう要求する。
俺は一瞬理解するのに時間がかかったが、頭の整理がついた途端、嬉しさが込み上げてきた。



今のは何気ない、気にするような言葉ではないのかもしれないけれど、沖田が初めて言ってくれた俺への誘いなわけで。


今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなり、俺は自転車に勢いよく跨った。
沖田が、俺の肩を持つ。

その温もりがいつもより温かい気がした。



*****
「また井吹君の負けー!!あはは!!君、本当にへたっぴだねー!!」
「う、うるせーよ//」

俺たちは出店の一つのヨーヨー釣りで戦っていた。

さっきからあれこれ3回は対決しているが、俺はまだ一回も沖田のヨーヨーの数を越せていない。
…というか釣り上げれない。

逆にこいつ上手すぎなんだよ!!
さっきから一回で5個近くヨーヨーを釣り上げてやがる。

出店の親父も半泣き状態で、さすがに可愛そうになったから、俺は沖田を促して店を離れた。

沖田の手には色とりどりのヨーヨーがたくさん。

「あー、楽しかった!!」

ふと、満足そうな沖田を見つめる小さな視線に気づく。

そこには小さな子供が二人、手をつないでこっちを見ていた。

「ん?どうしたの、君たち?」

沖田もそれに気付いたみたいで、子供に近づきしゃがみこむ。

二人のうち一回り小さい女の子が、兄であろう男の子の後ろに隠れる。

「ヨーヨー…」

兄ちゃんの方が口を開く。
まだ少し怖がっているようだ。

「ヨーヨー?ほしいの?」

沖田はその怯えを敏感に感じ取ったのか、普段俺には絶対にかけないような優しい声で子供に問いかける。

こくりと静かに頷く子供たち。

沖田は手に持っていたヨーヨーを兄妹の前に広げた。

「どれでも、好きなのあげる。選んでいいよ。」

その言葉に兄妹はたちまち笑顔になる。
沖田はその様子をニコニコと見つめていた。

こいつは、なんて優しい顔をするんだろう。

普段は決して見せないけれど、内に秘めているこいつの優しさが滲み出てるような、そんな笑顔だった。

兄妹が選んでいると、他の子供も近づいて来た。

「はは!!みんなヨーヨーほしいんだね。いいよ。どれでも取りなよ。」

子供たちに囲まれて、沖田は本当に嬉しそうだった。
あんな笑顔を向けられる子供に、少し嫉妬しちまう…

「お兄ちゃん、ありがとー!!」

去っていく子供に笑いながら手を振る。
沖田の手元には、ヨーヨーは一個しか残ってなかった。

沖田の目と同じような、翡翠色のヨーヨー。

それをなんとなく見つめていると、沖田がその手をこっちに突き出す。

「…?なんだ??」
「これ、あげるよ。」

さっきの子供たちへの声色とはやはり違っていたが、沖田の柔らかい視線に思わず心臓が高鳴る。

「さ…さんきゅ。」

素直にお礼を言ってそれを受け取る。
沖田は、君も子供だもんね、と悪戯に笑う。

その憎まれ口さえも、愛おしい。


沖田にもらったヨーヨーを握りしめて歩き出そうとしたとき、

「お兄さんたち。これ、短冊だから。よかったら書いていかない?」

織姫らしき格好をした女の人に引き止められる。
よく見ると、道の真ん中に高い高い笹が飾られている。

俺たちはその短冊を受け取ると、端に置かれたペン置き場へと移動した。

「願い事…ねぇ。」

沖田が考え込む。

「なんだ?願い事、何にもないのか?」
「うーん、そうだねぇ。」

隣でうんうん唸る沖田を横目で見ながら、俺は思いついた願い事を書く。
というか、これしか今は願えない。

「ふーん…『沖田とずっと一緒にいられますように』って、ありきたりだね。」
「な!?そういうお前はなんなんだよ?って、まだ真っ白じゃないか!!」

沖田に声に出して読まれた俺の願い事。
それもいともあっさり受け流された感じがして、少ししょげる。

「…こんなの、願わなくても叶うに決まってるじゃん…」
「…え?」

聞こえてきた声に思わず顔を上げると、沖田が真っ赤になってこっちを見ていた。

「だーかーら!!こんなのいちいち願わなくっても、叶うって言ってるの!!」

そう言ってプイッと横を向く沖田。

こいつ、今すっごく可愛いこと言わなかったか?

「…僕は、今ほしいものとか、全部貰ってるから。」
「え?」

沖田が勢いよくこっちを向く。

「僕は!君と居れるだけで願いは叶ってる!!これ以上願うことなんてなんもないの!!」

沖田の顔は本当に真っ赤で…
きっと俺も…



今日は七夕。
俺だけが想ってるんじゃないと分かった上、沖田に想像以上に好かれているんだと気づいた。

笹の葉につるした、俺と沖田の短冊は、
星の光で輝くように真っ白だった。

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