痣(龍沖)
「君ってどうしていつも生傷が絶えないのかなぁ。」
「しかたないだろ。芹沢さんに難癖つけて…って!!イテェ!イテェよ!!もっと優しくしてくれって!!」
「なにさ。僕に手当てしてもらってるだけ、ありがたいと思いなよ。」
今僕は、部屋で井吹君の傷の手当てをしている。
今日も彼は芹沢さんに鉄扇で殴られたらしい。
口周りや頬が赤く腫れている。
「最近前よりやたらと殴ってくるようになってさ…。おかしいんだ、芹沢さん。」
はぁっとため息をつきながら君は愚痴をこぼす。
確かに、最近の芹沢さんの行動は限度を超えている。
この前島原でも問題を起こしたって、土方さんがご立腹だった。
「昨日も平間さんが意識失うまで殴られてさ。なにか理由があるならともかく、気分で殴り倒すのだけは勘弁してほしいよ。」
「そうだね。僕も、こうも毎日君の傷の手当をするのは面倒だし。」
ひでぇなって言って君が笑う。
その口元にある、まだ血が滲む傷口が痛々しかった。
僕と井吹君は恋仲だ。
彼が芹沢さんに拾われて、飼犬のように言うことを聞いていたのを知っているし、今も彼は律儀に芹沢さんの傍にいる。こんなに毎日ぼろぼろに殴られるのに、彼は芹沢さんの傍を離れようとはしないんだ。
(あんな人、ほっとけばいいのに…)
まぁ、そんな忠実なところも彼のいいところだとは思うけど…。
(毎日毎日大切な人が傷つけられていて平気なわけがない。)
まぁ、口では絶対言わないけど…
僕は薬を箱に戻し、伊吹君を見つめた。
途端に井吹君の顔が赤くなっていく。
「〜っ!!//お前、その顔反則…」
井吹君に引き寄せられ、口付けられる。
「!!…ふ…ぁ…」
いきなりで驚いたけど、井吹君があまりに優しく抱きしめてくれるから、僕もそれを受け入れた。
少し、鉄の味がした。
それからしばらく経ったある日のこと。
僕は山南さんに頼まれて、新見さんに届け物をしに行った。
その帰り、芹沢さんが井吹君を呼ぶ声が聞こえた。
「おい!!犬!酒がないぞ!!持って来い!!」
残念ながら、今周りに井吹君はいないみたいだった。
僕は声の聞こえた方の襖を開ける。
「犬!遅い…、沖田。何しに来た。」
芹沢さんはあからさまに顔をしかめる。
「嫌だなあ、芹沢さん。そんな顔しないで下さいよ。井吹君なら今はいないみたいですよ。残念ですね。」
僕は笑顔を作って答える。
「ちっ。使えん犬め…。帰ってきたら叩き潰してやらねばな。」
「!!」
芹沢さんはニヤリと笑う。
その笑顔は井吹君を傷つけることを楽しんでいる顔だった。
(なんで…井吹君が殴られなきゃいけないのさ…)
彼は今も芹沢さんに押し付けられた雑用をこなしているはずだ。
彼はきちんと自分の仕事をこなしているのに…。
「芹沢さん…。」
「どうした、沖田。もう用はないだろう。とっとと出ていけ。」
そういうと芹沢さんは僕を追い払うような仕草をする。
「…出ていきますよ。でも…」
「なんだ、まだなにかあるのか!?」
だんだんと芹沢さんの顔が曇る。
それでも、僕は続けた。
「井吹君をあんまり傷つけないでくれますか?」
僕は芹沢さんを睨んだ。
局長に、しかも芹沢さんに意見することがどれだけのことかは、十分承知していた。
でも、これ以上井吹君が無意味に傷つけられるのを黙ってみてはいられなかった。
芹沢さんの表情が怒りに震える。
どうやら逆鱗に触れてしまったようだ。
「なんだと!!この俺に意見するというのか!!出来の悪い犬を躾けて、何が悪い!!!」
鉄扇を振り上げ、僕に向かって振り下ろす。
(来る!)
そう思って目を瞑る。
バシッ!!
ひどい音がした。
でも、僕はどこも痛くはなかった。
ゆっくり目を開けると、そこには僕を庇うように井吹君が立ちはだかっていた。
「いててて…。芹沢さん、沖田にまで手ぇあげることないだろ…」
井吹君の額からは血が流れている。
「井吹く…「沖田、とりあえずここは退いとけ。後は俺がなんとかしとくから。」」
井吹君にまっすぐに見据えられ、僕はどうすることもできずに部屋を後にしようとする。
「貴様!!犬のくせに主人に逆らうというのか!!」
「ぐっ…!!が…ぁ…」
部屋からまた芹沢さんの怒鳴り声と井吹君の唸る声が聞こえてくる。
「!!井吹く…」
僕は引き返して部屋に入ろうとする。しかし…
「沖田!!!」
井吹君が僕の名前を叫ぶ。
思わず立ち止まって殴られる君を見つめる。
井吹君は今までにない真っ直ぐな目で、僕を見つめていた。
僕がここから先へ入ることを、目で制している。
彼の目があまりにもまっすぐだったから、僕はそこから動けなかった。
井吹君はさんざん鉄扇で殴られた。
口からも、額からも血が流れ、頬はひどく腫れている。
芹沢さんも、ようやく落ち着いてきたのだろう。
井吹君を傷つける手を止めた。
「まったく、使えん犬め。もう良い。新見!平間!島原に行くぞ!支度をしろ!!」
そういうと、僕の横を通り抜け、部屋を出て行った。
僕は畳に倒れている井吹君に駆け寄った。
「…なにしてんのさ。君が殴られたら意味がないじゃない…」
僕は彼を抱きかかえながら呟いた。
「…何言ってんだよ…。お前が傷つくことほど、俺が嫌なことはねぇよ…。」
そういって、彼は僕に微笑みかける。
ボロボロの彼は、いつも以上に格好良く見える。
「僕も、目の前で君が傷つくのを、見たくはないよ…」
そういって、彼の髪を梳く。
彼は少し目を細めた。
「俺は剣は使えねえから、いざというとき、お前を守ることができねぇ…」
「…」
「だからせめて、俺が守れるときには、お前を守りたいんだ。大切なやつを…大好きなやつを…俺にも守らせてくれよ。」
そういって、彼は僕をまっすぐ見つめてきた。
思わず、胸が締め付けられる。
「な、なに格好つけてんのさ!!こんなボロボロにされといて!!」
僕は自分の着物の裾で、井吹君の目元を止血する。
「いて!!だからイテェって!!なんだよ!だから優しくしてくれって!!」
井吹君が僕の手を除けようとする。
僕はそれに逆らうように、もう少しだけ強く押し当てた。
今は僕を見ないで…。
君には泣き顔なんて見られたくないから…
だから…もう少しだけ…。
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