傘(沖斎)
*塾が一緒の二人のお話です。
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(…何故、こうなった?)
塾が終わり、帰ろうとしたら土砂降りの雨が降っていた。
生憎今日は天気予報をチェックしておらず、俺は傘を持って出ていなかった。
(…困った)
雨が止むまで待とうと思ったが、待っても待ってもさらに雨足は強くなるばかり。
もうこのまま走って帰ろう、そう思って塾の玄関から一歩踏み出そうとしたとき、塾のクラスが同じの沖田に声をかけられた。
「あれ?斎藤くん傘持ってないの?よかったら一緒に入って帰る?」
…そして今俺は、沖田と二人で一つの傘に入り、帰路についている。
(…さらに…困った…)
「あの古典の先生さぁ、なんか煙たくってうっとおしいよね。この間も−」
先ほどから沖田は俺にずっと話しかけてくれている。
しかし、俺は話どころではない。
明るくて屈託のない笑顔で笑う沖田に、実は密かに想いを寄せていた。
しかし塾は週に2回ほどしかなく、そこまで話したことはなかったため、親しい間柄ではなかった。
その沖田と、今、一つ傘の下にいる…
「−でさぁ。あれ?斎藤くん、聞いてる?」
沖田がいきなり俺の顔を覗き込んだ。
沖田の顔がすぐ目の前にある。
心臓が飛び出そうだった。
「!!す、すまぬ。聞いていなかった…」
「やっぱり。君の家ってどの辺?って話だよ。…どしたの?体調でも悪い?」
沖田が心配そうに聞いてくれる。
気を使わせてしまった…。
「いや、心配は無用だ。俺の家は…ぁ…もうすぐそこだ…」
次の角を曲がれば、家はもうすぐ見える。
…もっと、沖田と一緒にいたかったな…
すぐそこに迫る別れを前に、俺は胸が締め付けられそうになった。
これで別れてしまえば、また沖田とはあまりしゃべれぬ関係に戻ってしまう。
しかし、ただでさえ無口な俺は何も喋れず、家の前に着いてしまった。
「じゃぁ、またね。」
沖田が帰ってしまう…
俺は勇気を出して、話しかけてみた。
「送ってくれてありがとう。お、沖田の家はどこら辺にあるんだ?こちらへ帰ってきたと言うことはこの近くなのか?」
その質問に、沖田は一瞬驚いた顔をして、少しばつが悪そうに視線を外した。
「えっと…○○地区…だよ…」
え?どういうことだ?
○○地区と言ったら、塾を挟んでうちとは真反対のはずだ…
わざわざ、俺を家まで送ってくれたのか?
俺が思わず沖田を見つめていると、沖田もこちらに気づき、頬を赤らめながら、俺の大好きな屈託のない笑顔を向けてくれた。
「斎藤くんと、ずっと話がしたかったんだ。僕…君が…」
ザーザー
沖田の声は雨音にかき消されたが、俺には確かに届いていた。
「お、沖た…「じ、じゃぁ僕はこれで!!またね、斎藤くん!!」」
そう言うと、沖田はもと来た道をかけて帰ってしまった。
残された俺はしばらく家の中に入れず、沖田が去った方をずっと見つめていた。
次の塾のときは、俺から話しかけてみよう。
今日の返事を、お前に届けるために。
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