榛色の瞳

二人分の足音が、夜の廊下に無機質に響く。私の前を歩くセブが密かに足を引き摺っている背中を見て、思わず表情が歪む。最初、トロールの件は無視してセブルスの方に影から援助しようかとも考えていたのだが、リスクが高いと考え直して"こっち"を選んだ。自分で決めた事であり、セブが負傷する事も分かってた上で取った行動だった。だから、こうなる覚悟も……私はしていた筈、なのに…



「…どうした?」



後ろを歩く私のスピードが遅くなり、気配が離れた事に気付いたセブルスが此方に振り返った。僅かに驚きを孕んではいたものの、その声は相変わらず冷たくて。自分のローブを掴む手に、思わず力が入る。



『ごめん、なさい…っ』



一体何に対しての謝罪なのか。危険な行動を取った事か、それでセブルスに心配を掛けてしまったからか、それともセブルスが怪我をするのを黙って見過ごした事に対しての謝罪なのか。自分でもよく分からない。



「…それは、何に対しての謝罪なのかね?」



私が何に対して自分を責めているのか、違和感を抱いたのだろう。少なくとも、反省による後悔からくる謝罪の意味とは違うと感じたらしい。全く、セブは鋭いね。開心術無しで、ここまで見透してしまうのだから。

とは言え、だからと言って私がその問い掛けに素直に答えられる筈も無く(自分でも整理が付いてないし、馬鹿正直に言える様な事でもない)……申し訳なさと気まずさから俯いた侭で、フリーズしてしまった。そんな私に対してセブルスは表情を顰めると「話は後だ」と言って、再び歩き始めた。…癪に思われちゃった、かな…。でも、自業自得だし…と、一人で勝手に落ち込み、重い足取りでセブの後ろをついていくと、地下にある魔法薬学の教室から更に奥…セブの部屋に通された。ガチャリ、と扉に鍵が掛けられた上に、何故かセブルスは防音呪文まで掛けていて。驚いて目を瞬かせていたら、取り敢えず椅子に座る様にと促された。と思ったら、突然表情を顰めたセブが私の目の前で膝を折ると、彼の手がそっと私の頬に触れられた。



「…痛むか?」

『……え?』

「怪我をしている」



思わず驚く。全く気付いて無かった。言われてみれば、少しピリッと痛む気がする。セブルスは棚にあった救急箱から処置セットを取り出すと、傷口の消毒を始めた。どうやら、何時の間にか瓦礫の破片か何かで切っていたらしい。地味に消毒液が傷口に染みるせいで、セブみたいに眉間に皺が寄ってしまった。仕上げにガーゼタイプの絆創膏を頬に貼り終わると、セブルスは椅子に座らされた私の前に膝を着き、他にも手足に傷が無いか確認された。



「他に怪我は無いのだな?」



戸惑いながらも、素直にコクリと頷く。むしろ痛まし気なセブの表情を見てる方が痛ましいです。他にも傷が無いか一通り確認された後、大丈夫そうだと判断するなりセブは戸棚に向かった。救急箱を仕舞うと、今度はそこからカップを取り出し、何かを入れ始める。薬だろうか…と思ってたら、思ったより早くセブは此方に戻って来た。



『…セブ?』

「飲みなさい」



セブから手渡されたカップを受け取る。ふわりと漂う甘い香りに、ホットココアだと気付いた。

セブルスを見上げてみたら、再度彼に促されたので、一口飲んでみんだ。程良い甘さがじんわりと口の中に広がり、そのあたたかさにホッと息を吐いた。ここで漸く自分は僅かながらにも緊張していた事に気付かされた。セブの方を見ると、彼は私の反応に安心してか、ずっと固かったセブの表情も少し和らいだ気がする。



「あの現場にお前がいた時、私はかなり肝を冷やしたが……無事で良かった」

『…!……ごめんなさい…』



隣の椅子に腰掛け、カップを傾けるセブルスに、改めて謝罪した。今度の謝罪の意味は、ちゃんと理解してる。一連のやり取りからも、セブルスから本当に心配されていた事は、痛い程伝わったから。



『本当はね、ハーマイオニーはトロールを倒そうと思ったのとは違うんだ。友達と喧嘩しちゃって、トイレで泣いてたら、偶然そこにトロールが現れただけなの。私とハーマイオニーは本当はあの場に偶然居合わせただけで、そこにハリー達がハーマイオニーを捜して駆け付けてくれたんだ』



あの場でハーマイオニー達が言った事は嘘で。先程のごめんなさいは、隠し事をしてて後ろめたさがあったが為の謝罪だったと解釈してくれないかな…なんて。都合良く誤魔化そうとしてしまう私は、ズルいかな。

嘘じゃないけど、やっぱり私は嘘つきだ。



『内緒にしてくれる…?』

「…分かった。約束しよう」



納得はしていないであろうに、セブは私の目を見て優しく頬笑んでくれた。私だけが知ってる、セブの優しい父親の顔だ。先程迄の冷たい突き放す様な雰囲気を纏っていたスネイプ教授然としたセブとは大違いだな……と思った所で、私はふと気付く。先程はクィレルの前だったから、冷たく装われたのかと、今更ながら察した。

最初は本気で怒っていたのかとも思ってたけど……成る程。ヴォルデモートやクィレルに私とセブの関係を誤認させる為…か。仲の良い親子関係より、主従に近い印象付けにしたい様子。私を巻き込まない為の、セブなりの策なのだろうか。私自身、セブの弱味になりたくはないし、何より彼に迷惑を掛けたくはない。…私の傲りでなければ、の話だけど。否、勿論私が危険な事に首を突っ込んだ事に対して、実際に怒ってもいるのだろうけど。何だかんだ言って、セブルスは私に甘い様だ。



『セブ、足に怪我してる…よね?』

「……。これ位、何とでもない」



薬を付けておけば治る。セブはそう主張してるけど、その傷はなかなか治らない事を私は知っている。つまり、適切な処置が必要という事だ。



「…泣きそうな顔をするな。私は大丈夫だ」

『でも、セブはすごく我慢強いから…』

「………」



セブルスの黒の瞳を覗き込むと、逸らされた。緑の瞳じゃない弊害がここに…!なんて半分の冗談はさて置き。事情が事情なだけになぁ…セブルスも私に心配させたくないのか、大した事無いなんて、痛みを隠して嘘をつく。似た者親子だ…と気付いてちょっと嬉しくなったり。…いやいやこれはいかんだろ。


『じゃあ、今度は私に手当てをさせて』

「…それは……」

『大丈夫。手伝うだけだから』



傷を見せたくないのか、言及されるのを恐れているのか…暫し迷った後、セブは私に根負けして折れてくれた。

傷の状態は思ったより、かなり酷かった。これで動き回るのはかなり辛かっただろうに……本当に、何処までも我慢強い人だ。



「…無理はしなくて良い」

『その言葉、そっくりそのままセブに返すよ』



身体は子ども、精神年齢は多分大人なリク・スネイプ・ポッターさんを舐めちゃいけない。この位のスプラッタでは怯まないよ!まだ片付けていなかった救急箱から薬やらガーゼやらを取り出し、セブの指示に従いながら、テキパキと処置を施していく。傷口に触れる度に、セブの眉間には皺が刻まれていた。…なるべく平気なフリを装っているみたいだけど、かなり痛みが強い様で、額には脂汗が滲んでいる。包帯を巻き終えはしたけど……暫くしたら直ぐに血が滲んできそうな状態だ。下手すると、応急処置にもなっていない可能性が高いなぁ……やっぱり。



『…ねぇセブ。やっぱり、これはマダム・ポンフリーに診て貰った方が良いよ。感染症とか起こしたら怖いし、さ……?』



包帯をテープで止めてセブを見上げた所、何やら複雑な面持ちでセブは此方をじっと見詰めていました。そんなにマダム・ポンフリーに診て貰うのが嫌なのか。明らかに動物による噛み傷で、どう見てもトロールにやられた様な負傷ではないから、マダムに見られたら怪しまれるって気掛かりは確かにあるけども……



『セブ?』

「…何の傷かは訊かないのだな」



指摘されて、それもそうかと今更ながらに気付く。本来なら、真っ先に怪我の理由を言及して来そうな所だが、私はセブの怪我の理由を言及しなかった。



『訊いても良かったの?』

「………」

『私が知っても構わない事なら聞くけど……そうじゃないなら、私は訊かないよ』



私と違って、貴方は嘘で誤魔化したりはしない人だから。

……本当は理由を知ってるから、聞かないだけなんだけどね。という身も蓋もない本音を飲み込めば、セブルスに頭を撫でられた。



「リクは大人だな」

『ムッ、まだまだ子どもですー』



唇を尖らせて抗議してから残っていたココアに手を付けると、セブルスは「そうか…」と言って可笑しそうに笑っていた。

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榛(ハシバミ)の花言葉

「仲直り」「真実」「調和」「直感」「和解」「一致」



 

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