束の間の休息(7/8)

行きたい所があるのだと、朝から僕等を集めて何処に連れて行くのかと思えば、観光名所でもある貴族御用達の最高級スパだった。サクからの粋な計らい…もとい無茶振りをさせている日頃の労い、らしい。サク自身がここに来たかった、というのが一番の理由な気もするけど。

サクの水着姿に関しては……あれは、確かに可愛かった。ちょっとしか見えてなかったけど、何気に水着も似合ってたし。むしろ、パーカーと水着を着たあのバランスが良かったのかもしれない。何より、お揃いだね、なんて言って嬉しそうに笑うとか……あんなの反則だろ。

…まあ、そこまでは、別に良かったんだ。ただ、問題はその後だった。フレイルに水着姿を褒められて嬉しそうに笑ったり。好きな人を尋ねられて、フレイルと目が合うなり、頬を紅潮させて気恥ずかしげに顔を逸らすとか…何?あの反応?



『よし、卓球で勝負だアッシュ!』

「ほう。この俺にラケットを投げつけて勝負を挑んでくるとは、いいだろう。臨む所だ!」

「あんなに渋ってた癖に、何だ関だで結構楽しんでるよね…アッシュ…」

「ノリノリ、です」



そもそも、昨日はあんなに落ち込んでた癖に、もう何事も無かったかのように元気になってるし。サクが元気になったのだから、安心するべきなのに……サクのあんな反応を見てからずっと、内心モヤモヤするのは何故だろう。



「サク様、お疲れ様です。タオルをどうぞ」

『あ、有難うフレイル!紳士だよねー』

「そういうアンタは野武士だけどね」

『クロノくーん?喧嘩売ってます?』



…嗚呼、今度は苛々してきた。クロノの方は、まだ許せる。本当にじゃれ合ってるだけだし。けど…フレイルの方、恐らくアイツは違う。サクの方も、反応が違うせいだろうか。サクがフレイル達と絡むのが目について、余計に苛々が募る。…さっきスパで見せたあの反応、やっぱりアレは……サクはフレイルの事が好き、って意味なのだろうか。

フレイルに水着姿を褒められて嬉しそうに笑ったり。好きな人を尋ねられて、フレイルと目が合うなり、頬を紅潮させて気恥ずかしげに顔を逸らすとか。…態度があからさまだ。少なくとも、フレイルの事を意識しているのは間違いないだろう。前からそういう感じだったし……え。ちょっと待った。これって、もはや確定になるんじゃないの?でも、そうでもなきゃ、そもそもあんなただの一兵卒の為に命掛けで戦場へまで助けに行ったりしない…よね……



「シ、シンク…?どうしたんだ?」

「…は?何が?」

「いや、殺気が出ているんだが…」

「アッシュの気のせいでしょ」

「…そ、そうか…」



何故かアッシュにドン引きされた。まあ、苛々しているせいで無意識に殺気立っていたんだろう。鬼の様な形相だ…とかアッシュがボソッと呟いてるし。…ああ、そういえばその髪型、さっきサクに結い上げて貰ってたんだっけ?文句を言いつつも、髪を解いてない所をみると、満更でもなかったりするのかな実は。サクも満足気な顔してたし……。…後でその束ねた髪をタービュランスで切ってルークと同じ髪型にしてやろうか。

そんな僕の殺気にサクも気付いたのか、先程からこっちの方を何度もチラチラと見てくる気配がする。何気に、スパで話をした後からずっとこんな調子だったりする。…何か言いたい事があるなら、いつもみたいにはっきり言えばいいのに。それとも、アッシュみたいにビビらせてしまったのだろうか…?そう思ったら、少しだけ頭が冷えて冷静になり、シンクは一つため息を溢した。ああもう、恐がらせてどうするんだ。仕方なく、サクの所まで行って改めて問質そうと思ったんだけど…



「サク?」

『…っえ?あ、ごめん。何だっけ?』

「いや別に、まだ何も言ってないけど」



声を掛けると、ビクリと肩を揺らして驚かれた。そんなに警戒されていたのだろうか…?先程のアッシュの反応を思い出し、思わず苦虫を噛み潰した様な顔になる。それでも気を取り直して、何か用があるのかとサクに尋ねると、何でもないと誤魔化されてしまった。まともに目を合わせてこないから、嘘だという事はバレバレなんだけど。っていうか、ついさっきまで散々卓球で暴れまわってた人物が、一時間前に入ったお風呂で逆上せてぼーっとしてた、なんて有り得ないから。余所余所しい態度があからさまだし、そうでなくてもサクの表情の変化は分かりやすい。表情豊かで、気を抜いてるとすぐに顔に出るタイプだから。

今日はもう元気になったのかと思っていたけど……これはちょっと怪しいかもしれない。また一人で溜め込んで、無理しようとしているんじゃないよね?サクに何を隠しているのか問い詰めようとするも、その前にサクに逃げられてしまった。……微妙に避けられた気がするのは、僕の気のせいだろうか。



「あれー?恐い顔してどうしたのシンク?また何か考え事?」

「…、余計なお世話だよ。フローリアン」

「分かった!サクの事でしょ?」

「………」

「どうやら図星みたいだね」

「何で被験者までこっちに来るのさ」



今度は面倒な二人に両サイドに挟まれてしまった。…ムカツク事に逃げ場もないし。最悪だ。



「そっかー、シンクはサクの事が心配なんだね」

「(…。当たらずとも遠からず…)…まぁ、放っておくと一人で突っ走って暴走するからね」



…嘘は言っていない。サクが暴走するのは本当だ。放って置くと、サクは直ぐに何でも一人で全て抱え込もうとするし。色々抱え込み過ぎて、その重責に押し潰されてしまわないか、サクが傷付いてしまったりしないか、凄く心配なのも僕の本音だから。



「確かにサクって、結構無鉄砲な所があるからね。守護役やってると色々大変でしょ?」

「何かと命懸けな任務が多いのも事実だね。…今回のも含めて」



苦笑するフローリアンに、僕も頷く。今回の任務でのサクの負傷には、僕も肝を冷やした。危険度の高い任務だとは聞いていたけど……まさか、あんな風に身を挺して庇うとは思わなかった。いくら死神を納得させる為とはいえ、死神なんかの為にあそこまでするとか。今思い出しても、馬鹿としか言いようがない。



「僕を助ける時も、フレイルを助ける時も、サクはいつも命懸けだった位だからね。今回のディストを引き入れる為にしても命懸けだったし。お前の為に地殻に飛び込んだ時だって、決死の覚悟だったんじゃない?」



クロノにそう指摘され、あの時のサクの様子を思い返してみる。あの時は、サクに必死に泣き着かれたっけ。サクは、自分にとって大切な人達の為なら、そこまでやる様な御人好しだから。…そう考えると、フレイルの事も…何もそんなに特別取り立てて問題視する程でもないのかもしれない。



『フローリアン。イオンが元気になったから、一緒に卓球で一戦しませんか?って言ってたよ』

「!本当!?」

「いや、逆上せて病み上がりな奴に無理させるのってどうかと思うんだけど?」



と、噂の張本人が再び僕の前にまでやって来た。

そしてクロノとフローリアンは互いに顔を見合わせると、サクからは見えない(けど僕には見える)角度でニヤリと笑い合い、そのまま二人一緒に立ち去ってしまった。クロノは兎も角……フローリアンって名前、改名した方が良いんじゃない?

…とはいえ、二人のお陰で少し気持ちが晴れたのも事実だ。…精神的に疲れもしたが。シンクは短いため息を溢してから、改めてサクを見た。僕の事をじっと真剣な目で見詰めている事に気付き、今度は僕の方が少したじろぐ。さっきは逃げた癖に…今度は何だというのか。



『あのね、シンク。一つだけ……約束して欲しいんだけど』

「?何を…?」

『……シンクに大切な人がいる事は、分かったよ。だから、いつか…出来れば近いうちに、私にも紹介してね?』

「…………」



馬鹿じゃないの?そんな奴、サクを置いて他にいないのに。そう否定しようと思ったが…ふと、先程サクとフレイルの様子を思い出してしまい、咄嗟に否定の言葉を飲み込んだ。



「じゃあ、その時は…さっき話してたサクの好きな人も誰なのか教えてよね」

『う、うええええ!?』



赤くなった顔と、動揺に上擦る声。…その反応を見るに、やっぱり誰かいるって事なのだろう。否定するくせに、全然隠せてない。ちょっとした意趣返し、八つ当たりのつもりで言ってみただけだったのに。結局、僕の苛立ちは軽くなるどころか、余計に不快な気分になってしまった。



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