勿忘雪(4/13)


「おはようの次はいきなりおやすみなさいとか、随分と巫山戯た挨拶だね」

「あら、面白い事を言うのね」

「ホント、笑えない冗談だよ」



嫌そうなクロノとシンクの文句に対し、ネビリムは余裕の笑みを浮かべながらセイントバブルを放ってきた。攻撃を避けながらも、放たれた譜術の威力にシンクが表情を引き攣らせた。無詠唱で譜術を使ってくる上に、威力も通常と遜色無いとか……全く、サクの頼みとは言え、とんだ化け物退治に狩り出されてしまったものだ。



「チッ、やっぱりこうなるのか!!」

「まぁ、最初から分かっていた事ではありますけどね」



そうでなくては、私達が召集されたりはしませんよ。舌打ちするアッシュに、そう言ってフレイルは苦笑する。既にライガクイーンの件で前例がある分、確実にこうなるであろう事を、フレイル達は最初から悟っていた様子。ちなみにアッシュの次に…というより一番分かって無かったのは、この中でディストだけである。



「さあ、どんな風に楽しませてくれるのかしら…!」

「残念ながらこれは任務なので、貴女に楽しんで頂くつもりはありません」

『フレイルは真面目だね』

「貴様の方こそ、アタシを愉しませてくれるんだろうねぇ?」



ニヤリと口角を上げるカンタビレに、ネビリムは「フフフ…!」と狂喜を滲ませ、興奮気味に破顔する。フレイルとカンタビレという師弟コンビが繋げる光破旋衝陣と真空破斬の連携に対して、この余裕だ。通常の剣技程度ではあまり効かない可能性が高い。

と、その時。周囲の空気が震えている事にサク達は気付いた。同時に、これは避けるのは難しい規模の譜術だと悟る。大技の譜術がくると踏んだ一同が警戒して身構える中、それは発動された。



「ビッグバン!」



ぐにゃり、と空間が捻れる様な感覚の後、第一音素の収束地点を中心に空間の歪みが爆発した。広範囲殲滅型の譜術奥義に逃げ場は無く、術者を除いたほぼ全員がダメージを受ける。特に前衛にいた四人のダメージが大きく、中でもフレイルとアッシュはその場に膝をついていた。そんな隙が出来た彼等をネビリムが見逃がす訳がなく、彼等に向けて容赦無く魔剣ネビリムを振り翳す。…が、



「剣まで隠し持ってたなんて、なかなか姑息だね」

「くっ…!」

『!シンクっ!』



ネビリムの死角からシンクが飛び出し、魔剣ネビリムを蹴り付けて妨害した。魔剣に関しては、コンタミネーション現象を利用したのか…それ以前に何故その触媒を彼女が持っていたのか…色々疑問は残るが、今は後回しだ。シンクの不意討ちが成功したとはいえ、先程の攻撃でシンクも負傷しているせいか、攻撃にキレがない。しかし、時間稼ぎにはこの一撃だけで十分だった。

攻撃を妨害された所で、漸く音素の流れの異変に気付いたネビリムがハッと後ろへと振り返る。

彼女の視線の先……地に膝を着いたクロノの後ろに、アリエッタが立っていた。ビッグバンが発動される直前、クロノがアリエッタを庇った為、アリエッタは他の者達より比較的軽傷で乗り切れたのだ。アリエッタは先程の譜術奥義の際に発生した巨大なFOFを踏み締めており、既に膨大な第一音素の流れを捉えていた。



「お返しする…ですっ!」



ネビリムが発生させたFOFを利用し、アリエッタが仕掛ける。FOFが大きい分、当然威力も上がる。



「倒れて、ビッグバン!」



大技の後の反動で動きの鈍いネビリムを起点に空間を歪ませ、同じ攻撃を浴びせる。その間にサクが治癒術を発動させ、一気に皆を回復させた。ネビリムの攻撃力は一撃一撃が重い為、たった一発受けるだけでも命取りになりかねない。



「こいつはどうだい?絶破!十字衝!」



アリエッタの大技を受けた直後のネビリムに、容赦無くカンタビレが斬り付けにいく。しかし、ダウンから直ぐに態勢を持ち直したネビリムに逆にカウンターを狙われたが、そこはやはり百戦錬磨のカンタビレ。相手の出方も予測済みであり、難なく刀で受け止めていた。…攻撃が通らなかった事に対して若干不服そうではあるが、それ以上に楽しそうだ。



「なかなかやるじゃない。フフフ、やっぱりそうこなくっちゃね!」

「その余裕、いつまで続くかな?……終わりの安らぎを与えよ、フレイムバースト!」

「受けてみろ!空破爆炎弾!」



カンタビレがバックステップで下がった直後に、クロノが譜術でネビリムを足止めさせる。その隙に、新たに発生したFOFを利用し、シンクがネビリムの懐へと突進し、炎を纏わせた蹴りを叩き込んだ。



「チッ…(浅かったか)」



手応えからシンクはそう悟るも、決して深追いはせず、直様ネビリムから距離を取って相手の出方を窺う。相手は負傷こそしているものの、その場に立ったままだった。オマケに負傷させた傷でさえ、ジワリジワリと回復し始めている。被験者と同じく彼女にも第七音素の素養があり、治癒術が扱える様だ。正直厄介である。



「まあコワイ…ザコが群れると自信過剰になるのねぇ」

「アリエッタ達は、ザコじゃない…です!歪められし扉よ開け。ネガティブゲイト!」

「そんな中級譜術が私に当たるとで…「来い、地の顎!魔王!地顎陣!」…くっ!?」



アリエッタの譜術を避けた際にアッシュに一撃掠められ、思いの外ダメージを受けてしまったネビリムの表情が不快に歪む。



「ハッ、自意識過剰な雑魚は、テメェの方じゃねーのか?」

「うるさい子供達ね…!さっさと倒れて呻き苦しむがいいわ!」

「攻撃の手は止めるな!怯まず次々突っ込んでいけ!」


カンタビレの飛ばす指揮に、連携を崩さずに次々と仕掛けていく。攻撃のタイミングを合わせられているのは流石というべきか。



「私に楯突いた事を後悔させてあげるわ!」

『…!』



第七音素の独特の流れに、ネビリムが何を仕掛けようとしているのかサクは逸早く察し、途中まで詠唱していた譜術を途中で中断し、新たに第七音素をBCロッドに収束させた。



「時よ、凍結せーー…」

『させないよっ』



ネビリムの懐へと飛び込み、第二超振動によりタイムストップを阻止した。彼女がタイムストップを使うであろう事は予め知っていた為、作戦を立てた時点で既に対策済みだ。とは言え、タイムストップ発動直前だった為、間に合って良かったと、内心ホッとしていたりする。今のでネビリムに目を付けられなかったか、ちょっとだけ心配だけど。



「馬鹿な…!?」

「考え事をしてる余裕なんてあるのですか?」



フレイルと入れ替わりに、直ぐに前線から後ろに下がって再び後方支援に回る。今回のパーティーには前衛が四人いる為、私が無理に突っ込んで行く必要はない。むしろ、自分勝手に突っ込んで行く方が連携が崩れるリスクが高い位だ。



「サク…っ」

『ディストは下がってて。彼女の今の状態じゃまともに会話も通じないよ』



私が前線から退いた先にはディストがいて、今にも泣き出しそうな、困惑の表情を浮かべていた。

…私の記憶が正しければ、本来のシナリオの流れだとネビリム・レプリカは【完全な存在じゃない】ってルーク達に否定されて、完全な存在である事の証明の為に戦闘に突入する流れだった筈。だけど……この今の流れじゃ、完全な存在であるか否かの証明なんて、全く関係無い。悔しさから、無意識に唇を噛み締める。

これじゃあただの、殺戮衝動に駆られ、血に飢えた獣だ。



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