消えない傷(10/11)

ルーク達の中で、サクが一番信用していないのがアニスだ。別に彼女を嫌っている訳ではなく、彼女がモースのスパイである事を考えての対応である。

似たような理由で、シンクの事も少し警戒してしまっている為……サクとしては、少し複雑な心境だったりする。

シンクの気持ちも分かってる。…分かってる、つもりだ。私はシンクを信じてる。信じてる、けど…信じたいけど……



「眠れないのかい?」

『………、ガイ』



夜も遅くに宿屋のロビーにあるソファーへ腰掛けて、物思いに耽っていたサクだったが、その思考は途中で打ち切られた。声が聞こえた方に振り替えると、部屋から出てきた様子のガイがいた。



『明日の出発は早いのに、夜更かししてて良いの?』

「そうなんだが……何だか、俺も寝付けなくてさ」



疲れているであろうに、ガイはそう言って苦笑する。音素灯の照明もかなり絞られた、薄暗いフロントを抜けて、彼はサクとは対面のソファーへと腰を降ろした。

夜の静寂が、二人を包み込む。



「背中の傷……本当に、もう大丈夫なのか?」

『ああ、うん。治癒術で何とかなったから、大丈夫だよ』



そう遠慮がちにガイから訊ねられ、サクは心配してくれて有り難う、と彼に笑顔で言葉を返した。かなり気にしてくれているらしい。



『ガイの方こそ、身体の調子は…』

「ああ。お陰様で、もう何ともないよ」



変な話、負傷者同士でお互いの体調を気にし合うのが何だか可笑しくて、サクとガイの二人は互いに苦笑しあった。勿論、皆を起こしたりしないようになるべく小さな声で。



「無関係なサクに怪我をさせちまうなんて……本当にすまなかった。いや、謝って済む事じゃないんだが…」

『事故みたいなものだし、仕方がないよ』



気にしないで、と笑うも、ガイは申し訳なさそうに頭を下げるばかりだ。どうやらイオン達から私が負傷した過程を詳しく聞いたらしい。内緒にしておいてくれても良かったのに。

背中に大きな傷痕が残っている事は、言わない。女の子に傷を残すなんて…とか、ガイの性格上、そういうのはかなり気にしそうだし。何より彼に気に病んで欲しくは無い。まぁ、消そうと思えば超振動とフォミクリーや治癒術を駆使すれば消せそうだし、問題はない。



「その、有り難う……っていうのも、何か変な話なんだけどさ」

『うん?』



話す巾か、何処か迷いながら言葉を探している様子のガイに、サクは首を傾げる。



「君のお陰で、忘れていた過去の記憶を思い出す事も出来た」

『…!』



まさか、と思わず瞳を見開いたサクに、静かに頷くガイ。



『それって、前に言ってた記憶喪失の…?』

「ああ。俺の家族が……殺された時の記憶だよ」



やはりそうだったかと、サクは内心納得していた。ガイに斬られた時、ガイが「姉上…」と呟いたのが聞こえたから、まさかとは思ったんだけど。

後から考えると、あの時の状況は、彼の姉が殺された時の状況と少し似ていた。加えて、カースロットにより、その時に関連する過去の記憶(感情)を揺り起こされていたという、特殊な状況。様々な要因が切っ掛けとなり、彼はショックから忘れていた記憶を……奇跡的に思い出したのかもしれない。



『……ごめんなさい。辛い記憶を、思い出させちゃったね』

「いや。お陰で俺が女性を苦手になった理由も……分かったんだ。それに、辛いだけの記憶じゃなかった」



姉上達が命を掛けて俺を守ろうとしてくれた、優しくも哀しい記憶。もう思い出せないと思っていた記憶を、思い出す事が出来た。

目を閉じて、静かに自分の思いを語るガイの表情は、辛い記憶の筈なのに、それでも何処か穏やかに微笑んでいた。



『……そっか』



どんな記憶だったのか、わざわざ聞かない。そこまで無断で踏み込んで良いものでもない。



「悪いんだけど、この事はまだ…」

『皆には黙ってて欲しい、でしょ?分かってるよ。皆にもそこまで受け止める余裕はなさそうだったし』



それに、今打ち明けるのはルークやナタリア…女性恐怖症をからかった皆をより一層責めてしまう。それはガイも望んではいない事だ。



『ガイにしてもさ、もっと気持ちに整理を付けてからでも良いんじゃない?』

「…参ったな。全部お見通しとは」

『これでも導師ですから』



ガイも隠し続けてきた秘密をルーク達に打ち明けたばかりだし、辛い過去を思い出したばかりで、正直今は記憶を受け入れるだけでもキツいだろう。ましてや、他人に語れる程余裕なんて恐らくはない。

それでも、彼は私には話してくれた。誰かに聞いて貰う事であえて逃げ出せないようにして、ちゃんと自分自身と向き合う為でもあったのかもしれない。

……本当に、ルークといいガイといい、皆は強いね。



「サクだけは、俺の女性恐怖症をからかわなかったよな」

『面白がるものでもないしね。ガイの反応を見てるだけでも、結構面白かったし』

「結局は面白がってたのか…」



冗談混じりに言えば、彼も苦笑を溢した。

いつか、彼自身が話しても良いと思った時に、ルーク達に話せば良いと思う。その時に、もしも私もガイから直接話を聞かせて貰えるのであれば……私もそうしたい。

女性恐怖症を克服する為には、原因である過去の出来事を思い出す事は必要不可欠ではある。本来なら私ではなく、イオンを守ろうとしたパメラさんを見たのが、思い出す切っ掛けになっていたけど……こんな予想外な展開も、起こるんだね。ソードダンサー戦に続いて、ちょっとした驚きの連続だ。



「…長話に付き合わせて悪かったな。夜は危ないから、サクももう寝た方が良い」

『フフ、それもそうだね。心配してくれて有り難う』



余談だが、宿屋の外にはマルクト兵達が寝ずの番に当たってくれているので、こうしてサクが一人フラフラと夜中に宿の中を出歩いても、比較的安全なのだが……まぁ、守りが万全ではないのも確かだ。



『おやすみ、ガイ』

「ああ。おやすみ」



サクはソファーから立ち上がると、ガイより一足先に部屋へと戻る事にした。そろそろいい加減に部屋に戻らないと、今度はジェイド辺りが来そうだよね。

本当は、ちょっとだけ……期待してたんだけどね。シンクが偵察に来ないかな……って。今回現れたのはガイだったんだけど。



『シンク……今頃どうしてるのかな…』



心に追った大きな傷は、身体に追った傷とは違って簡単には消えないし、完全に消えもしない。ガイの様な女性恐怖症といった精神的外傷が残る様に。ルークがアクゼリュスを崩落させてしまった罪悪感に苛まれる様に。ジェイドが発案したフォミクリーに纏わる罪が消えない様に。

皆が寝静まった部屋に戻るなり、サクは皆を起こさないよう静かに自分のベッドへと潜り込み、目を閉じた。

塞いだ筈の背中の傷が、鈍く疼いた気がした。



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