崩壊の音色(5/6)


『う……うぅ……』

『誰かいるわ!』



微かな呻き声は、他の皆にも届いていた。ティアが叫び、走るも、ほんの数メートルで足を止めた。イオンとサク以外の者達も彼女の後を追って走ったが、ティア同様に止まらざるを得なかった。

彼等のその先には、自分達と親子を阻むようにして、障気を含んだ沼が広がっていたのだ。



『…レィ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レィ レィ……』

「サク?……!」



奏でるは、七番目の旋律。サクの背に再び金色の羽根が現れ、イオンの瞳が驚きに見開かれる中、彼女は周囲の音素を高め始めた。



「父ちゃん……痛いよぅ…父ちゃ…」



泥の海に浮かんだ板の上に、パイロープ親子の姿が見える。倒れ伏したジョンは怪我を負っているようで、彼を守ろうとするかのように覆い被さったパイロープには、既に意識が無い。



「お待ちなさい!今助けます!」



泥の中へ入ろうとしたナタリアの手を、ティアが掴んで引き止める。



「駄目よ!この泥の海は障気を含んだ底なしの海!迂闊に入れば助からないわ!」

「ではあの子をどうしますの!?」

「……ここから治癒術をかけましょう。届くかもしれない」



ナタリアは頷き、詠唱に入ろうとした。が…



「おい!まずいぞ!」



ガイの声に、アニスが息を呑む。親子が乗っている板が、徐々に沈み始めたのだ。



「いかん!」



ジェイドが焦り、ガイが親子を助けようと駆け出そうとする。



『―――…時の流れよ、今一度、零の時を刻め』

「!その詠唱は……っ!?」

「キャッ、地震…!?」


突如、大地が大きく揺れ始めた。その衝撃にガイを含めた一行はよろめき、イオンは言葉を遮られ、アニスは思わず小さな悲鳴を上げた。集中を切らすな、あと少し…っ。今度は、間に合わせるんだ!何がなんでも絶対に!!



「母……ちゃん……助け……て……父ちゃん……たす……け……」

『神の御技を今ここに!』



範囲指定、ジョンの周囲半径5メートル。更に地震を止める為に、急遽大地の時の流れも断絶。

膨大な第七音素を消費するこの譜術は、かつて禁術とされた類いの物だったが……そんな事は、今のサクには大した問題ではなかった。



『タイムストップ!』

―――…キィンッ



詠唱が完成した瞬間、世界は無音に包まれた。風も、泥の海も、自分達以外は何も動いていない。つい先程迄まだ大地が大きく揺れていたにも関わらず、それすらも突然ピタリと止まっていた。辺りに、異様な静寂が落ちる。



「これは…?」

『今なら、泥の海の上…歩け、ます……っ』

「!」



サクの言葉に対して、ジェイドが驚いて此方へと振り返った。信じられない、って顔だ。いつもの調子なら、ジョン君達を助けに自分で行けるのに……今は、譜術の発動を維持するだけで手一杯とか。例えるなら、無謀にもマラソンを全力疾走中の様な感じ。息はとっくに上がってるし、額には嫌な汗が滲む。そんなサクの状態を察したイオンが、急いでジェイドに説明を補足する。



「禁術です!今、僕らのいる空間だけ時間が止まっています。今なら障気の海の上も歩ける筈です!」

『長くは、無理……お願い、二人を…』



その言葉に、ジェイドとガイが弾かれた様にして駆け出した。

泥の海へは、一瞬躊躇った後、ガイが先に足を一歩踏み入れた。サクの言葉通り、沈む事はなかった。

そのまま泥の海の上を歩き、覆い被さったパイロープさんをガイとジェイドが、ジョンをティアが泥の海から引き摺り出した。



「ナタリア、この人の治療を頼む!ティアはその子供を」

「分かりましたわ」

「ええ」



ガイの指示に、既に二人へと駆け寄っていたナタリアがパイロープさんへと治癒術を掛け始める。ジョン君を抱えたティアも、アニスに手を借りながら無事に陸へと上がった。

三人が彼等を引き上げ、完全に陸に上がったのを確認してから、サクは術を解いた。



グラッ

「きゃっ…!?」

「おっと、」



再び大地が揺れ始め、視線の先で先程まで親子が乗っていた板が泥の海に沈んでいくのが見えた。もしもあのまま板の上にいたら……そう考えたら、背筋に冷たい物が流れてゾッとした。



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