「…あれっ?」
"ボンッ!!" だなんてお菓子作りに似つかわしくない音が聞こえて慌ててオーブンレンジを開けてみると、フォンダンショコラになる筈だった物が木っ端微塵に吹き飛んだ後だった。
「ちょっとちょっとちょっとぉぉぉ!?」
私の叫びは誰もいない万事屋の中で僅かに反響する。
どうすんのコレ。 どうしようコレ。 "誰でも簡単☆失敗知らずのフォンダンショコラ"ってテレビで紹介してたくせに、こんなマンガみたいな失敗アリ…?
レンジの中は全体的にベットリとフォンダンショコラになる予定だった物がへばりついていた。
「早くどうにかしないと銀ちゃん帰ってきちゃう…!」
神楽ちゃんは泊まりでチョコパーティーするんだって言って定春と一緒にお妙ちゃんの家へ出掛けて行った。 新八くんはお通ちゃんのバレンタインライブに遠征していて今日は戻ってこない。 誰にも助けを求めることが出来ないこの状況にほんの少し溜息を吐いた。
お菓子作りセンスの無い私がフォンダンショコラだなんて小洒落たものに手を出したのが間違いだったのかもしれない。 銀ちゃんが依頼から帰ってきたら少し温めてアツアツとろっとろの美味しいフォンダンショコラを出してビックリさせようだなんて思ってしまったのも間違いだったのかもしれない。
「ととととと取り敢えず!少し温度が下がってからキッチンペーパーで拭き取ろう…!」
今のままでは熱すぎて触れないので、団扇を持ってきて必死でバタバタとレンジの中を煽ぐ。
糖分をこよなく愛している銀ちゃん… その愛する糖分への冒涜のようなこの光景を見られたら絶対怒られる…!
「そろそろ触れそう…かな…?」
固体になりかけの液体のようなチョコレート色の生地を人差し指の先で触ってみる。 するとその時、ガラガラと玄関の戸が開く音と"たっだいまァ〜"なんて間延びした声が聞こえてきた。
「おっ、な〜んか甘ェ匂いすんなァ〜」
スイーツを期待しているウキウキした声に胸が痛くなる。 銀ちゃんがひょっこりと台所に顔を出すや否や、勢い良く頭を下げた。
「おかえりなさいそしてごめんなさい!!」 「えっ?」
頭を下げたまま、人差し指で恐る恐るレンジの方を差す。 "ぁ、あー…"という声に居た堪れなくなっていると、指差したままの方の手首を掴まれた。
「銀ちゃ…?」
なんだろうと思って顔を上げた瞬間ぱくり、銀ちゃんが私の人差し指を口に含む。 そういえば指に生地をつけたままだった、と思った時には既にそこに舌がぬるりと這っていた。
「っ…!」
擽ったさにゾクリとする。 私の反応を楽しむようにゆっくり舐め回し、チュ…と小さく音を立てながら離れる。
「旨ェけどこれだけじゃ足んねぇなァ…」 「ぎ…ちゃ…」 「もっと喰ってイイ?なまえ」
紅い瞳が射抜くように此方を捕らえて薄く笑った。
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