日直が持って来た本日の日誌のチェックも終わり、明日 女子の授業で使う予定のバレーボールの空気圧でも見ておこうと校舎裏の倉庫へと向かう。


「うぅぅ寒っ」


やっぱりジャージのままだと寒い。

ちょっとボールの空気圧を見るだけだからとジャンパーも着ず外に出たことを若干後悔しながら、それでも校舎2階の職員室まで戻る気にもなれないので早歩きで倉庫を目指す。

授業前に倉庫までボール取りに行くの面倒くさいから圧を確認したら そのまま職員室へ持って行ってしまおう、そうしよう。

角を曲がればすぐ倉庫、という所で話し声が聞こえてきた。


「…先輩のことが好きです!」


わーお、青春☆ なんて思いながら邪魔にならないようその場でそっと静かにしゃがみ込む。
顔は見えないけれど女子生徒が上級生に愛の告白の真っ最中のようだ。


「私と付き合って下さい!」
「無理だ」


間髪入れずにお断りする男子の声が聞こえる。

いや、乙女の告白をそんなバッサリと無理だなんて…せめて少しは悩んであげなさいよ…


「彼女とか…好きな人とか、いるんですか…?」
「お前には関係ないことだ」


うわぁ、これまたバッサリ行きよった。
随分クールだこと。
一体 誰だこのアイスマンは。
2年生?それとも3年生?

女子生徒がズッと鼻を啜った直後「すみませんでした」と涙声で謝罪すると、パタパタと此方に走ってくる音がする。

私のこの状態は何処からどう見ても盗み聞きだ。
どうか見付かりませんように、と出来るだけ体を小さくするけれど女子生徒は私に気付くことなく走り去って行った。
彼女は両手で顔を覆っていたので取り越し苦労だったようだ。


「ふー…」


やれやれと立ち上がる。
寒いからサッサと終わらせたかったのに時間を食ってしまった。


「盗み聞きですか」
「ぅひゃっ!?」


すぐ後ろで聞こえた声に、心臓が転び出そうになる。
視線を動かすと壁の側には先程告白されていた男子生徒が。


「ととととと冨岡くん!」


冨岡くんは私が担任を受け持っている3-Dの生徒だ。
端正な顔立ちをしていて背も高いし、いつも落ち着いている。

ああ、なるほど確かにこりゃモテるわ…なんて思った。


「良い趣味してますね、みょうじ先生」
「!」


このままでは常日頃から盗み聞きしてると思われてしまう。

「違う違う結果的に盗み聞きになっちゃったけど最初からそのつもりだったんじゃなくてバレーボールの空気圧を見に来たらたまたまそういった場面だっただけで邪魔しないように蹲ってて…」と身振り手振りを付けて必死に弁明する。


「本当にごめんなさい」
「分かりました。別に良いですよ」


…取り敢えず疑惑?は晴れたようだ。


「いやぁ、それにしても教師になってから2年経つけど こういう青春っぽい場面に出会したの初めてだよー。冨岡くんは彼女とか好きな子とかいないの?」
「………はい?」


ピクリと冨岡くんの眉が動いたのを見て、しまったと思った。
モテる子の好きな子となるとやっぱり興味が湧くというか、ついうっかり余計な事を口走ってしまった。

私も「お前には関係ないことだ」って言われちゃうかも…


「…好きな人ならいますが」
「え、誰? ウチの生徒?」


誰だろ同じ学年の子かなーなんて考えていたらトンと軽く肩を押された。

よろけて、背中に冷たい壁の感触。
目の前に立つ冨岡くんは私より背が高いので必然的に見上げる形になる。
顔のすぐ横へ囲うように前腕が置かれて更に距離が近付いた。
普段はほとんど表情の変化がない彼が熱っぽい瞳で私を見詰めている。

これは…所謂 壁ドンですか…?


「みょうじ なまえ先生です」
「へっ?」
「好きな人」


…あの、ちょっと理解出来かねます。

生徒に壁ドンされている この状況は勿論、バクバクと騒がしく音を立てる自分の心臓も、爆上りしているこの体温も、何もかもが私の理解の範疇を軽々と超えていた。


「お、おおと、おとおとおおお大人を揶揄うんじゃありません…!!」


場の空気に耐え切れず壁ドンをすり抜けて倉庫に駆け込み、へたり込んだ。
あんなに寒かったのに、今はものすごく暑い。
私が逃げ出した時に後ろから「本気なのに」という言葉が聞こえたのは気のせいだと思いたい。


生徒相手にドキドキするなんて。