「はぁぁぁ…疲れた…」
本日…って言ってももう少しで終わりそうだけど、何度目か分からない溜め息を吐きながら家路を急ぐ。
ここ最近は仕事が目の回るような忙しさだ。 残業も毎日当たり前にあって、家にはほとんど寝に帰るだけ。 数時間前に年下の恋人から送られてきた「今日もお疲れさまです」というLINEを見れたのはつい先程。 こんな夜中に返すのは気が引けてしまって既読スルー状態になっている。
「はぁぁぁ……」
明日は暫くぶりの休みだ。 目覚ましをかけずに気が済むまで泥のように眠ってシャキっとした頭でLINEを返そう、そうしよう。
最近は休日出勤もあって会えない日々が続いていた。
優しくて格好良くて可愛くて気配りが出来て頼り甲斐があって完璧と言っても過言では無いような彼氏だから、周りの女の子たちだってそんな彼を放っておかないだろうし、こんなに放置して愛想を尽かされないだろうか。 まだそんなに歳ではないと自分では思っているけれど、高校生の彼から見れば社会人の私はオバサンの部類に入ってしまうのではないだろうか。 放置オバサンより周りのピチピチギャルの方が良くなったりしてしまうのではないだろうか。
悶々とそんなことを考えていたら、思っていたよりも早くアパートの前に着いた。
2階奥の角が私の部屋だ。 疲れた身体に後もう少しだから耐えろと気合を入れて階段を上る。
「…あれ?」
階段を上り切って顔を上げると、カーテンを閉めた窓から明かりが漏れていた。
電気を消し忘れた? …いや、そんな馬鹿な。 朝 出掛ける前にカーテンも開けたし、電気だって消した筈。
そっとドアに手を掛けると簡単に開いた。
鍵が開いてる… え、中に誰かいる…? もしかして、泥棒……?
背中に嫌な汗がツゥ…と伝う。 恐る恐るドアを開けると「おかえりなさい!」と元気の良い声が聞こえた。
「炭治郎…っ!! なんで!?」 「明日休みだって言ってたから来ちゃいました」
いつか渡した合鍵を見せながら、彼はニコッと笑った。 腕を引かれてそのまま抱き締められる。
「なまえさん…会いたかった…」
耳元で呟いた直後、スーッと思い切り息を吸い込む音がした。
「ちょっ、仕事中 変な汗かいたから絶対クサイよ!?」 「全然臭くないです…寧ろ良い匂い…」
心底うっとりしたような声で言われて何も言えなくなってしまい、強張った肩の力を抜く。
「…あっ、すみません疲れてるのに!もう ごはん食べました?」 「まだ…」 「良かった!遅くなったらガッツリじゃない方が良いかと思ってスープだけ作っておきました」
「今 温めますから、手を洗ってきて下さい!」だなんて新妻のようなテンションで鞄とコートを持ちながら言われたので、素直に従って手を洗う。 何か手伝おうとしたけれどゆっくりしてるようにと言われたので、これまた素直に従ってリビングのコタツに入った。
テレビをつけてボーッとしていると、ホカホカ湯気が立つスープボウルが運ばれて来た。
「お待たせしました!」 「ありがとう、いただきます」
温かな液体が冷えた身体をじんわり温めてくれる。 クタクタに煮込まれた野菜も味が染みていて美味しい。
こんな奥さんいたら毎日幸せだろうなぁ…
全てお腹に収めて、ほぅ…と一息ついた後ふと思い出した。
「あれっ、今何時!?」 「12時ちょっと過ぎたとこですね」 「えっ!とっくに高校生が出歩いちゃダメな時間でしょ!? っていうかお母さん心配するでしょ!?」 「ああ、善逸のところに泊まるって言ってあるから大丈夫ですよ」
ニコニコ笑う炭治郎。
嘘吐くのヘタな筈なのに、悪いことをさせてしまった…
それでも、会いに来てくれて嬉しいと思ってしまう私はダメな大人だ。
「…不良高校生めっ」
照れ隠しに隣に座る彼の頬をムニュっと強めに両手で挟む。 いとも簡単にその手を掴まれて外されると肩を押されて床に背中から倒れ込んだ。 倒れ込んだと言っても背中に添えられた手のおかげで衝撃は全くと言って良いくらいほとんど無かったけれど。
「炭治郎…?」 「……不良な俺は…嫌いですか…?」
顔の横に肘を置かれて、今にも唇同士がくっつきそうな程近い。 プツ、プツ、プツ、と着ていたブラウスのボタンが3つ外された。
「たたた炭治郎っ!?」 「大丈夫です。俺が高校卒業するまでお預けなのは、ちゃんと分かってます」
宥めるように言うと彼は胸元に唇を落とした。
「んっ…」
チクリと微かな痛みが走る。 強く吸われたのだと気付いたのは彼が離れた時。 下着のすぐ上の辺りに鬱血の痕が残されていた。
「なまえさん…離れちゃ、嫌です…」
さっきまであんなに余裕そうだったのに。 急に弱々しく絞り出すように言われて心臓を鷲掴みにされた。
「も、もー!私が離れてく訳ないでしょ!」 「ぅわっ!?」
下からギュッと抱き着くとバランスを崩した炭治郎が私の上にのしかかる形になった。 「ごめん!」と慌てて離れようとしたのを首の後ろに腕を回して制止する。
「…不安にさせてごめんね」 「ぃ、いえ、俺の方こそ、なんか、すみません…」
今までこんな風に自分から密着したことが無かったから、バクバクと心臓が煩い。
私の方が年上なんだから と、どうにか余裕があるように見せたかったけれど多分この心音は炭治郎にもバレてるんだろうな…
気を紛らわせるように、抱き締めたままの彼の頭を右手で撫でる。
「…来客用の布団とか無いから一緒にベッドで寝る?」 「…ぇえっ!?」
分かり易く動揺した声が聞こえた。 横目で様子を窺うと耳まで真っ赤になっている。
可愛い。
「今は、まだコレだけ…」
チュッと軽く彼の首筋に口付けた。
「もう少しだけ我慢、ね…?」
春が来たら、全部あげる。
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