美しい水の世界。
普通の大樹とは違い、水の中に根を張って自らが他者の場所の奪わない選択をした樹。
それが、「ユルング」と言われる、美しい花を咲かせる、目的の物だった。
その花を見たときに、思った。
「彼女」は共存を望み、「彼女」は理を逸れて、「彼女」は色を変えて、「彼女」はその場所を奪われそうになったことを。
「はっ、あぁ、ああっあ!!!」
美しい景色の中に、銀色の髪を持つ心優しい少女の幻影を見た。
ぽたりとおちるその一輪の花が水に流れていくのを見て、世に逆らえず無理に笑っていた救世主を思い出した。
ずきずきと頭が痛む。
美しい景色なのに、まるで目の奥が焼けてしまいそうな熱さが襲ってきて、ナタリアはその場に崩れ落ちた。
「ナタリア!!」
傍らにいたアッシュが、その体を引き寄せる。突然起きた婚約者の異変。すぐに一緒に任務にでていたシンクがまわりを警戒するように構えたが…混乱するのも無理はない。
数日前にぼろぼろになって帰ってきたシルヴィアの周りでは多くのことが動き始めている。
それも踏まえ、動けるものはドクメントの採取を優先するということで話し合いはついていたのだ。
だが、しかし、これは。
「あ、あああああ、あっわ、たくし、わたくしは…っ!!あ、あぁ、あっ」
喘ぐように涙を零すその姿は痛ましい。
こんな姿を今まで一度も見たことはなかった。いったいなぜ、どこかで神経毒でもくらったかと…思う前にずきりと頭が痛くなる。
「ぐ、ぅ…!」
割れる。直感的にそう思った
キャパシティオーバーし、奥底からあふれ出てくるその痛みに、何もかもを投げ出してしまいそうになる。
それでも、腕の中の守るべきものだけは離さないつもりだった。
そう、離してはいけなかった。
今も昔も、あの時、一声かけてやればよかったのだ。
本来だったら手を差し伸べてやるべきだった。そのたった一つの行動で何かが変わっていたかもしれなかった。
それをしなかったのは、彼女のように全てに手を差し伸べる技量がなく、そして抱え込んだから。
「…で、落ち着いたわけ。」
「申し訳ありません。取り乱しましたわ。」
「悪かったな。」
少しして頭の痛みが完全に収まれば、二人の様子が変わったことは一目瞭然だった。
それは、少し前に見たジェイド・カーティスのシルヴィアに対する態度が大きく変わった時に似ていたが、二人はもう少し、穏やかだと思うのはおそらく、「何か」が違うんだろう。
「…シンク、聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」
「何さ、改まって」
一拍置いて、ナタリアが口を開いた。
この人は随分と落ち着いた、と思う。ここに来る前はひどくシルヴィアのことを心配して張り切っているようなそんな印象を受けていたが、今はそれこそ、彼女が本来あるべき「王女」としての姿に近い。
「シルヴィアは、あの光の里で幸せそうでしたか。」
は、と今度はこちらが固まってしまった。
いきなり何をとは思ったが、その目は真剣そのものだった。
ちらりと横にいるアッシュを見れば同じように自分を見ている。ここにいるあの場所の出身は自分しかいない、というのもあるんだろうが、それでも一体どういった風の吹き回しなんだろうか。
「幸せだったんじゃない。 でもそれは僕が決めつけることじゃなくて、シルヴィアが感じたままだと思うよ。 それを聞くのは筋違いだ。」
「えぇ、その通りです。 でも、「今」の私たちにはそんなこときけるほどのかかわった時間がありませんから。」
「今?」
「…この世界はつながっている。 今までお前の姿を見たことはない…が俺たちはあの船で、今までに3回は同じことを繰り返していた。 …本当に何も知らない状態で世界樹から生まれたシルヴィアから知っている。」
「…なにそれ、どういうこと?」
「この世界がループしているんです。 何が原因かわかりませんが…いえ、おそらくは…」
どんなおとぎ話だと思う。
それでも、そんなことを言える空気ではなかった。
言葉を詰まらせたナタリアは、何か心当たりがあるんだろうかとは思うが…いやそれにしてもだ。
「なに、じゃああの船に乗ってるやつら大体が今までに「生きてきた」時間を覚えてるってわけ? じゃあなんでいつまでたっても問題が解決しないのさ。」
「俺もナタリアも今記憶が戻ってきたんだ。 なにか「きっかけ」があるとは思うが、それはわからん。」
「はい。事実、ドクメントを集めている今の段階はかなり後の方だったと思います。 でも、大きく違うのは、シルヴィアがバンエルディア号に途中参加したこと。 そして光の里や、あなた方が一緒に乗ってきたこと。 少しずつ世界は変わっているんでしょうね。それこそいくつもの世界が根を分けているように」
その目が、美しく咲き誇るユルングの樹に向けられる。
ひどくさみし気に、懐かしそうに見つめるその奥に何をおもっているのか。僕にはわからないけれど。
僕の知らない過去があることは、間違いない。きっとあの男が一番かかわってる。
20210824
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