それは、誰が望んでいたものだったのか。
目が覚めた。
…いや、これは覚めたという意識が浮上したと言うほうが近いのかもしれない。
この感覚は、かなり昔…ルミナシアににて全く違う世界を体験した時に良く似ている。
『…ここ、どこ。』
まだ頭がぼんやりとしているけれど、周囲を確認すればここが見覚えのない場所だというのはわかった。光の里のロッジでもなく、ガルバンゾで借りていた宿の部屋でもない。
外から聞こえるのは跳ねるような子供達の声。夕暮れに染まる木製の部屋の中。
柔らかい風が入ってくるその方向を見れば、開けっぱなしのガラス張りの大きな窓。白いカーテンが風に揺れている。
ヒトの気配のないこの室内で、私はテーブルに突っ伏してたった一人だった。
下敷きにしていたらしいメモ張には「悪い、入れ違った、また行ってくる」という見覚えのある殴り書き。指でなぞって、考える。
『…ユーリ?』
ここはユーリの家…なのだろうか。そう言えば、光の里で家を買ったどうたらって言うのは聞いた気がする。
…いや私はいつ、ガルバンゾに戻ってきた?ふと視線に入った左手には、あの日泉に捨てた彼とお揃いのリングが嵌められていた。…どうして?
コンコン。
突然聞こえてきたノック音に体が跳ねる。
勢いよく振り返れば、そこにはよく知る人が立っていた。
「久しぶり。ちゃんと窓閉めておかないとユーリに怒られるよ。」
『…フレン』
「全く、あいつはいつもシルヴィアを一人にして…失礼するね。」
開けっぱなしの窓から見慣れた金色。
それからすぐに玄関の扉が開けば「…こっちも開けっぱなしじゃないか」とフレンがあきれたように私に言う。あけっぱなしもなにも私はこの場所を知らないのだ。仕方がないじゃないか。
『フレン、ユーリは…』
「あいつは今ヴェラトローパにいってる。僕に言わせにくるんだったら、自分で言えばいいのに。」
『ヴェラトローパ…?どうして』
「なんでも、シルヴィアたちが行った当初とは違う場所がみつかったんだって。リタが興味を示してね。アドリビトムと合同で調査に行ったよ。」
もし理由を知っているのであれば、知りたい。この殴り書きのメモの主の名を出せば、彼は苛立ちを隠さないままそういった。
アドリビトム、合同。
その言葉に、頭のなかで疑問が浮かぶ。だって、任務だったら私が出ても良いはず。特にヴェラトローパなんてディセンダーである私が行ったって問題はない。…確かにクエスト禁止とは言われているけれど、ユーリが居るなら…
『私もつれていってくれてよかったのに』
思ったよりも口は素直だったらしい。
呟くように出してしまったその言葉はフレンの耳にも届いたようだ。一瞬驚いたように目を開いて、そのあと、口ごもって私の頭を撫でる。
「君は、もう「普通」のヒトだ。戦いの場所にはつれていけないってユーリからも言われているだろう?」
『…え?』
普通とは、なんだったか。
固まった私に、フレンはまっすぐその瞳を私に向ける。嘘はない、嘘をついている目じゃない。それは、ユーリとそっくりだから私はよく知っているもの。
「ディセンダーとしての役目を終えた君に、戦う必要はなくなった。それはユーリと話し合って決めたって聞いたけど…あれ、僕の勘違いだった?」
それは、彼が知っていて私が知らない「事実」。
ここは私が知らない世界。ディセンダーとして生きている間に記憶していない、記憶だ。
不思議そうに首をかしげるフレンにいつからか当たり前になった飾りの笑みを向ける。
『…ううん、ごめんなさい。寝起きでぼんやりしてたみたい。ダメね、昔の癖って。』
「昔」と称して良かったんだろうか。
寝ぼけていたと言った言葉に間違いはない。実際寝起きなんだから。
少しだけ沈黙が走る。
私が「普通」になったことはある種の禁句なのかもしれない。
この世界は、私が「ディセンダーで無くなった世界」だ。
「ともかく、戸締まりはしておくんだよ。最近治安は良いといっても、僕もアスベルもすぐに駆けつけられる訳じゃないから。気を付けるに越したことはない。」
『うん。心配かけてごめんね。』
「大丈夫だよ。じゃあ。僕は帰るね。ちゃんと良い子に留守番してるんだよ?」
もう一度頭が撫でられた。それから窓を鍵まで施錠して帰っていったフレンに、きゅっと唇を噛む。
理解が追い付いていないのだ。
戦いの場所に出ることだって問題はないはずだ。だって、ディセンダーでなくなったって私は戦う力を持っているはずだから。家のなかをぐるりと見回せば、別の部屋に続く扉がある。その扉を開けてなかに入れば、目に飛び込んできたのは大きめのベット。
つまりは寝室ということか。明かりをつければ壁に沿ってタンスや日用品が並んでいる。そして目に飛び込んできたのは、剣士のレディアントの剣。
まっすぐにそれに手を伸ばして、片手で持った。
『っ…おもい』
そう、持った。持つだけしかできなかった。あの頃は片手で持ち上げて、振り上げて、もう片手には楯を持っていたはずだ。なのに、両手でやっと振り上げて、振り下ろしたときには振り切りすぎて床に切っ先が刺さって傷ができてしまった。
『なに、これ…どういうこと…』
こんな記憶、知らない。
カランっと床に転がった剣をとる気にもなれず、ただ、薄暗い部屋のなかでへたりこむしかなかった。
---私は、いったいどうしてしまったのだろうか
まだ、やらなくちゃいけないことがたくさんあるのに。
20210805
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