バンエルディア号へ戻って来たユーリ達を一番にまっていたのはナナリーやアニーを含む治癒術の使い手達だった。一重に、クレアから状況を聞いて集まったのだが、そのなかにやはりエステルの姿はない。
まっすぐ医務室に連行されれば、「男子禁制!」とマルタに追い出される始末である。
「…とりあえず止血はすんだし、大丈夫だとは、思うよ。」
「死ぬなんざ思ってねぇよ。」
その医務室の扉の前でポツリとこぼしたフレンの手には液体に濡れて変色したレイヴンの上着。それを一瞥して、振り替えれば、深く帽子を被って壁に背を預けるスパーダがいる。
先程、彼女にあの言葉をはいた男だ。静かにユーリが目を細めれば「あんた、なんでそんなに正気でいられんだよ。」と、吐き出された言葉。
「俺が焦ってもしかたねぇだろ、」
「っだけど!」
「それに、あいつが選んだ道を、俺がどうこうできるもんじゃない。俺は、」
「そうやって、お前はまたあいつを諦めんのか!!」
襟をつかんで。勢いよくスパーダがユーリを壁に叩きつけた。ガンっと鈍い音がして、彼の表情が歪む。けれどスパーダの怒りは収まることはない。彼は彼として、自由を求めたディセンダーを知っているからこそ。
「諦めるわけねぇだろ!!!!でもな!!あいつはディセンダーとして、生まれて、ディセンダーっつー役目のままに死んでくんだよ!!!俺が……!!」
そこまで言って、ユーリの表情が歪む。
黒曜石の瞳がわずかに色を濃くすれば、一筋だけほほを伝った涙に、スパーダが驚いて手を離せば、ずるずると彼の体は壁に沿って沈んでいった。
「俺が、望んだのがいけねぇんだよ。あいつを、苦しめてるのは、俺なんだよ…!」
「ユーリ、お前…」
「あいつがいない世界なんて、俺はいらない……!」
脳裏にやけつく、彼女の笑顔はいつからか嘘をまとうようになっていた。それに気がついて気がつかない振りをして、怖くなって距離をとって、失って、結局、繰り返した。
それを作った「原因」はすべて、わかっているのだ。
かつて彼女に救われたといった「闇」は繰り返すなと、そう、いっていたにも関わらず。
「スパーダ、ユーリも混乱していて。ごめん。レイヴンさんが戻ってきたら、アンジュさんに状況の報告をお願いできるかな。」
「…おう。」
「ユーリ、一回君も落ち着こう。そんな様子じゃ、シルヴィアが目をさましたとき君を会わせることはできない。」
別件で船を降りているメンバーも多々いる。レイヴンが戻ってくればすぐにそのメンバーの回収に回るだろう。
彼女が大ケガをしたと聞けば、別任務で降りているジュードが一番慌てるに違いない。彼女の秘密を守ろうとする人間だから。
「 ……スパーダ。」
「んだよ。」
「俺は、まだ間に合うと思うか。あいつに、生きたいって思わせてやれると、思うか?」
去ろうとしたスパーダにユーリが投げ掛けた。足を止めて振り返った彼の目はユーリを見て一瞬驚いたように見開かれたが、すぐに視線をそらす。
「できんだろ。お前の言葉が一番あいつに届くんだよ。」
吐き出された言葉に静かに息をつく。それから立ち上がって苦しげに笑った。
「…あぁ、だな。」
何度も泣かせた。ぶつかった。その手を離して今度こそ離さないようにときつく握りしめた。ひどく冷たい手だったが、もう何を言われようと離さないとそう決めたのは己自身だ。
改めて心を決めれば近づいてくるヒトの気配とそして船の浮遊感。
「そっちの様子はどうよ?」
いつもの羽織はこちらが奪っている。乱雑に下の方で括られた髪と、少々怒っている様子に落ちるのは自分の雷だけじゃないらしい。
「今、女性の治癒術士達が総出で治療中です」
「嬢ちゃんは?」
「……エステリーゼ様は参加されてません…」
「自分の私欲で力をもて余してちゃ王族が世が末ね。……青年。ちゃんと腹括んなよ。」
「わかってる。」
ぐっと足に力を込めて立ち上がったユーリに告げられる。それは今まであやふやにしていたことにけじめをつけろと言うことだ。
その結果は誰も想像がつかないだろう。
だが……
ーー私がいけないの。私が……!もう、ダメなの。
侵食でぼろぼろになりながらも笑っていた彼女を手放すことはもうできないのだから。
190802
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