じわりと、雪に広がる赤。雪山のせいか低すぎる体温と、白い肌に、これはだめかもしれないと一瞬、スパーダ思った。
巨大な鳥の魔物が運んできたのは死んでるんじゃないかと見間違うほどの重症を負った彼女だった。一番に反応したユーリが武器すら放り投げ彼女を受けとるなか、全く、体が動かなかった。動けなかった。
「っは、」
呼吸が浅くなる。そう実感するのは死に対する恐怖だ。まだ、船にのって浅いはずの彼女に対するレベルの仲間意識ではない。なんでだと、言ったところでバチっと脳内に火花が散って何故か彼女のいる世界がいくつも記憶に浮かんで消える。
「ざけんな!!お前、またこいつを置いて逝くつもりか!!」
口から出た叫びは「彼」の叫びだ。
「くそ、いてぇ」と一つ悪態をついて頭を抱え崩れ落ちたスパーダに、レイヴンが眉をしかめた。自分と似ているのだ。混乱したユーリを押さえ込んだとき、逆流してきたさまざまな記憶。あれはしんどかった。だからこそ。
「フレン、ともかくシルヴィアちゃんに治癒術かけまくって流血を止めて。青年、おっさんの羽織は汚してもいいからシルヴィアちゃんの体温これ以上下げないように、血が止まったらフレンと速攻下山して。スパーダの兄ちゃんは……今はしんどいだろうけど全部受け止めていろいろ整理しな。動けるようだったらすぐにアンタも下山な。」
今一番的確に指示を出せるのは、とそう考える。こういう役回りでは無いんだが、ユーリは使えない。
おそらく、いろんな条件がある。それを引き当てたから自分は彼女とユーリという男の記憶は取り戻した。自分だけ、と思ったがおそらく、今スパーダも同じことが起こっている。
おおよその予想ならナギークを使うジュディスも思いだしかけている行動が見られたから彼女も近いんだろう。
「しかし、任務が」
「あとはオイルツリーにいってくるだけっしょ?おっさん一人でも大丈夫よ。」
ぱちんっとウィンクをして、フレンが持っていたそれを奪う。
現在進行形で治療中のため動けないフレンから身を翻せば「おっさん」と今度はユーリが彼を引き留めた
「もし、サレがいたら…」
「……安心してよ。おっさんの本当の姿しってるっしょ?殺さないし、殺して楽にするつもりもないよ。」
くるりと手首で小刀を回した。にこりと笑って、今度こそ身を翻す。雪を踏みしめる音と共にまっすぐ前を向いて思い出すのは同じように自分の羽織を貸した姿。
ーーねぇ、レイヴン。死ぬってつらい?痛い?苦しい?全部、忘れるって簡単?他の人はつらい?
かつて、ぼろぼろに心を壊して夜空を見上げた一人の救世主。
きっとあの頃の彼女がこれを見たら驚いて複雑そうに笑うんだろう。
こんなにも、自分が傷ついた姿に心を痛める多くの人間を見たら、心底複雑そうに。
「だからさぁ、少しは羽を休めてもいいんだよ。もっと子供でいていいんだよ」
本当は誰よりも「ヒト」として生きたいであろう彼女が少しでもそうあるために。
結っていた髪を解けばはらりと落ちる黒髪が片目を隠して彼は「彼」として空虚の仮面をつける。
「民を苦しめるやからに、慈悲はいらんな。」
******
崩れ落ちたのはジェイドだった。
アルナマック遺跡、生命讃歌の間。
一緒に任務をこなしていたティアが「大佐?!」と驚きの声をあげて彼に駆け寄ったが、膝をついたまま目元を抑え痛みを耐える彼に、クラトスが静かに視線を送る。
「おい!どうしたんだよジェイド!」
異変に気がついたルークがかけよって来るが、いつもならば平然を装う彼がそれすらできずに膝を折るのはめずらしい。
ティアとクラトスを交互に見て、「ジェイド、どうしたんだよっ」と不安げに声をあげるのはこういう状況になれていないからだ。
ジェイドの側に駆け寄ってしゃがみこんで、ティアを見るが彼女もどうしたらいいかと困惑している。
「……いえ、大丈夫です。」
緋色の瞳がゆるりと開かれる。
険しい表情はそのままに、多少の苛立ちを孕んで立ち上がったジェイドがぐるりと周囲を見渡して、クラトスを捉えれば「あなたはすべて知っていたのですね」と告げる。
暗い遺跡の中で響くその低音にルークがひくっと口許をひくつかせそっとティアの後ろに隠れたのは反射だ。一発触発とまではいかないが、空気が重い。
「なんのことだかな。」
「白々しいですね……いくつかおかしいと思う点はありましたが辻褄は合いました。自分の愚かさも。」
盛大にため息をついて、ルークとティアを見る。少し威圧的な視線だが、そのなかに柔らかさはあった。
「ルークは、いつも彼女に懐きますねぇ」
「なっ懐くってなんだよ!おい、ジェイド!」
かつっと踵が石畳を叩く。そのまま身を翻してため息をついた。
過去の自分がどれだけ彼女を追い詰めていたのか嫌でもわかる。それは、今の彼女が己に告げた言葉が証拠だ。
「(ディセンダーの終わりを待ってる……か……)」
それは、生粋に彼女が世界に平和を願っているから告げられる言葉なのだろう。
しかし、それにはおそらく時間がない。
だとすれば、協力者が必要か…と。
「(面倒ですが…協力を要請しますか…)」
性格はともあれ、腕のいい研究者を、一人。
190727
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