寒い。
だが私にそのことについて文句をいう口は塞がれている。詠唱防止だろう、布を噛まされてしまっては下手に指示もできない。
もともと寒い場所に行く格好をしていたわけじゃない。それは私だけじゃなく、イオンもクレアもだ。
けれど、私が動くことはできない。まだ、だめだ。
『(あぁ、寒い…)』
大丈夫だと、確証はある。だって、ここはオイルツリーのある場所だから。だから、誰かがここに来てくれると知っている。ともかくだ、ともかく、ともかく、早く。
「っけほ、こほ、こほ、」
「イオン…っ」
後ろでせき込む音が聞こえ、次いで雪の上におちる音。足が止まって振り返れば、いつもよりもずっと白い顔をしたイオンが雪の中にうずくまっている。ただでさえ、体が弱い子なのだ。
あまり長い間彼をここにいさせるわけにはいかない。
引っ張られて長く後ろを見ることもままならないが、足は下手に拘束されていない。ならば、きっといける。
ここにいるのは、サレと彼の部下だという4人だ。一人は自分の横、二人はイオンとクレアの横にそれぞれいて、背後に1人。最初にやるとしたら、すぐに動けるであろうクレアからだ。
彼女には苦しいかもしれないがイオンを引っ張っていってもらう。
手を封じられている中頼れるのは自分の脚力と術だけとなると、不安しかないがしかたない。
足を踏み出して、雪の中に突っ込んで、そのまま地面に転んだ。
「っシルヴィアさん!」
「何をしている!!早く立て!!」
うしろからクレアの驚いた声と、兵士が自分を拘束する縄を引っ張る。
のだが、関係はない。そのまま片足を重心に勢いよく頭突きをかます。
身をひるがえして、クレアを抑えている兵士をハイキックで顔面をつぶせば、クレアはすぐに意図を掴んでイオンの腕を引いてくれた。けれどそれだけでは追われない。
『(風よ! ウィンドカッター!)』
口に出す詠唱はできない。だからこそ脳裏で、残り二人をい吹き飛ばせば、クレアに視線だけを送る。
なれない雪道できっと彼らも体力的にはきついだろう、それでも逃げ切ってもらわなければならない。
「逃がさないよ」
再び後ろから声。実際、自分は逃げる気はないのだ、バックステップで回避しながら繰り出される袈裟切りを交わす。拘束されているせいでバランスを取るのが酷く難しいが、連続で繰り出されるそれはまだ、目で追える。
足音が遠ざかっていくのと同時に「シルヴィア!!」とイオンの呼ぶ声が聞こえたが振り替える余裕なんてない。ともかく早く逃げてほしい。
『(炎よ!ファイアボール!)』
簡易で間に合う魔術を放つ。しっかりとした詠唱が使えない以上私にできることはこれぐらいだ。それでも、彼らが逃げることができるならそれでいい。
「…口をふさいでも魔術を使うんだね。おもしろい…。」
「だったら」と、サレの口元が吊り上がる。背筋が粟立つが戦うすべがすべて奪われているわけじゃない。先ほどの技で少しできた距離のおかげでこちらも構え直すことはできた。せめて口を塞ぐ布さえどうにかできればいいのに、
「さぁ、もっと僕をたのしませておくれよ」
サレの武器が雪の光に反射する。
痛いのはいやだが…仕方ない。やるだけやらなくちゃ。
『(あの子たちは逃がさなくちゃ。)』
それが私が「今」できることだ。
*Side Yuri
ジュードから話を聞きだして、数日。
物語はシルヴィアを抜いたまま問題なく進んでいる。問題はありすぎるが…、物語どうりツリガネトンボ草の進化種であるオイルツリーを探してオレたちは霊峰アブソールへきていた。
メンバーは、オレ、ヴェイグ、スパーダ、フレンの4人。…と、こっそりついてきているおっさん。
雪山はひどく寒い。あまり寒いのは得意ではない。防寒対策のひとつとしてマントを羽織っているが、あいつらはそんなものをしていない。
そう考えると、早く合流せねばと思う。
そんな時,突然ヴェイグが足を止めた。
なんだ、と思ってヴェイグの名を呼べば「風に乗って、声が聞こえた。」と表情を険しくさせる。
「ハァ?そりゃ,お前,ただの空耳じゃねぇの?」
…のだが、次いでたしかに聞こえてきた女の悲鳴に、ヴェイグの眉間に皺が寄った。
そりゃそうだ、好きな女が危機的状況になれば、平常でいられるほうがおかしいだろ。
ヴェイグが声のしたほうへと駆け出していく。白銀の世界に、やつの長い髪がなびく。その後ろをすぐにスパーダが追いかけていったが、オレとフレンは止まったままだ。
「ユーリ。」
「…あぁ、追うぞ。」
声と共に聞こえたのは鎧の音だ。
おそらく、追われている。つまりは、今までの物語と多少の違いがあるということだ。
実際オレはこの場所に立ち合ったことはない、だが、毎度クレアはシルヴィアたちと共に船に戻って来ていた。
駆け出していって、こちらに駆け寄ってくる金色と、緑を見つける。その後ろには武器を持つ3人の兵士がいる。
「クレアっ!」
「っち、」
駆け寄ってくるクレアに手を伸ばすヴェイグと、双剣の片方を敵に投げつけるスパーダ。それがまっすぐ一人の敵の太腿にに突き刺さり、敵陣が一瞬ひるんだ。
「「蒼波刃!!」」
その一瞬を狙ってオレとフレンが剣術をぶつける。脚を負傷した兵士以外の二人に直撃し、雪の中に転がった。襲いかかってきた敵からイオンを守るように抱きしめていたクレアがはっとしたように顔を上げれば、もうすぐ近くまで向かっていたヴェイグがクレアの体を抱きしめ、大剣を残り一人に向けた。
形成逆転。まさにそれだろう。
フレンはイオンを支え、ヴェイグはクレアを引き寄せた。
オレとスパーダがまっすぐ敵に向かえば、あっという間に勝負はついた。
「ユーリ!!シルヴィア、シルヴィアが…っ」
「…あぁ、なんとなく察しはついた、あいつ本当に馬鹿だから。」
敵の気配がなくなれば、フレンの腕の中からイオンが告げる。
いつも以上に顔色が悪いし、伸ばした手を取ってやれば酷く冷たい。視線をクレアに向ければヴェイグが纏っていたマントを掛けられていたところだった。
「クレア、大丈夫か。」
「えぇ、私は大丈夫よ、ありがとうヴェイグ。でも、私たちを逃がすために、シルヴィアさんが、サレと…っ」
「っシルヴィアはよく無茶を…」
ヴェイグの言葉に、かけられたマントを握りしめたクレア。続けざまに告げられた言葉にフレンが険しい顔をする。ただでさえ、この環境は厳しい。
「…ヴェイグ、君はクレアとイオンを連れてバンエルディア号へ戻ってくれ。」
「だが、」
「サレはウリズン帝国の騎士だ。同じ騎士として、僕はあいつのやっていることが許せない。」
立ち上がったのはフレン。
それは騎士としてやつを止めるという覚悟を持っているからだろう。まっすぐ、この先の道を睨み付けている。
「そうだな。俺もあいつがやっていることが理解できねぇ」
そう言ったスパーダも騎士の家庭だ。こいつはこいつなりに考えを持っている。それは間違いない。
「…わかった。」
「イオンを頼んだぜ。」
「あぁ。」
しぶしぶ、よりは少し安堵したようにクレアの手を取り立ち上がらせる。それから随分と大量を消費してしまったイオンを背負った。
「お前達も気をつけろ。」
「わかってる。そっちも帰り気をつけろよな」
イオンを背負ったヴェイグの背に、スパーダが自分のマントをかけてやっていた。不器用な優しさはイリアとおんなじなんだろう。
クレアを気遣いながら雪を踏みしめ、上ってきた道を下っていくヴェイグの背を見送って、振り返る。
「…僕たちも早く行こう。たとえシルヴィアが強いといえど、話を聞いた限りそんなにのんびりしてられない。」
「そうだねぇ。あの子は強がりだから」
「うぉ!?レイヴン!お前どっから湧いた!!」
「おっさんずーっと隠れてたのよ。人一人減ったところだし、おっさんがピンチヒッターってことで。」
ひょっこり顔を出したおっさんも合流したとこで、問題ない。
「行くぞ。」
早くあいつを連れて帰る。連れて帰って、しっかりと話をして、あいつの口から話を聞く。
これからしようとしていることを、しなければいけないことを、本当にあいつがしたいことを。
20190610
←
→
list
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -