「仕方ないなぁ、気を付けていってきてね。」
その言葉を背に受けて、船を降りたのはすでに数時間前。
心底私は運がないというか、なんというかシナリオから外れないようにされているのかもしれない。
カノンノたちがヴェラトローパに行っていることは知っているが、今回ははじめて同行しなかっただけあって、別のことを知ることができた。
それが、一時停泊しているこの場所で、桃がとれると言うことだ。とはいっても、みたことのない果物を一人で取りに行くのは気が引けてしまって、クレアにお願いはしたのだが、二人だけだと危ないと言うことでイオンにもついて来てもらった。そもそも、魔物もそこまで住み着いていない森ではあるから、戦力は私だけで十分だと思ったのだ。
船を降りて、特に問題もなく森のなかを進んでいった。イオンとも久々にこうして外出したからクレアを交えていろんなことを話すこともできたし。なのに。
ずいぶんとひどいかみさまだ。
「今度はかくれんぼか。ずいぶんとこどもっぽいんだね。」
紫色の髪をゆらしながら、笑う男に、早速怒りしか感じない。そもそも、どうしてこの場所にいるのかが疑問でしかない。今回、全く関わりがないかとは思っていたが、そうでもないらしい。
いや、むしろ関わりがなかったからこそ、今のこの状況なのかもしれないが。
『(どうにかして、クレアとイオンを逃がさないと…)』
残念ながら、今の私常日頃使っている双剣士ではない、むしろ心底珍しく狩人なのだ。そもそも、最近はそんなに職業もなにも関係はないのだが、それでもやはり特化しているものは違う。
『イオン、クレアを連れて逃げられるね?』
「そんな、シルヴィアさんは…」
『クレアに怪我させたらアンジュにもヴェイグにも顔向けできないから。ディセンダーを信じてくれないかな、クレア。』
こういうときにばかりディセンダーという単語を使う私はずるいんだろう。それでも本当に非戦闘員である彼らを傷つけるわけにはいかない。イオンを視線でうながして、弓に矢をつがえる。ナタリアやチェスター、チェルシーのように名手というわけではない。
ただ、二人を逃がす時間稼ぎができれば上々だ。
茂みから飛び出してつがえていた矢を放つ。あっけない音をたててあっさりと剣によってまっぷたつにされた。すこしでも私に意識を向けられればそれでいい。
意識するのは、氷。氷の矢だ。ひんやりとした感触が手に触れ、そのまま放つ、
「君はいつのまにそんな手品を覚えたんだい?」
『さぁ、いつの私と比べているのかわからないけど。』
剣を構えるサレに、口許をつり上げる、からだの重心を地面に向けて姿勢を低くする。次の矢をつがえるために、腰にある矢筒に手を伸ばして触れた。
「君は本当にいつも僕の邪魔をするね。ヴェイグとそっくりだ。」
『私はヴェイグほどあんたの邪魔をしているわけじゃないんだけどね!』
再び、矢を放つ、なれない武器だからこそ、勝てる保証はしない。
私も逃げる気満々なのだが、ともかくと、サレから距離をとるようにバックステップで距離をとった。
「あぁ、そうだ。君にいい忘れていたんだけどね。今日は僕、一人できたわけじゃないんだよ。」
『それ脅しているつもり?』
「そう思いたいならそう思うといいよ、」
にやりと、サレの口許が上がった。まもなく聞こえてきたクレアの悲鳴に、舌打ちをしてしまう。
あくまでこの男は、ウリズン帝国の騎士だと言うわけだ。
視線を向けられて、言葉もなにも必要はない。サレの方に弓と矢筒を放り投げた。
*Side Yuri
「はぁ?シルヴィアが帰ってこない?」
「そうなの、すぐに戻るって出ていったのだけれど…」
聞こえてきた声に立ちどまる。それは、どうやらオレだけではなかったらしいが、何よりここがヒトの出入りが激しいホールだから余計だろう。
ちょっとしたクエストの戻りで、報告できていたから、このタイミングでエステルがいないのはありがたい。
「シンク、どうした。」
会話をしていたシンクとアンジュに近づく。
オレの声を受けて振り返ったシンクの目にはいつもの強さも、イオンのような柔らかさもなく、あるのは不安をにじませた、弱弱しい緑の瞳だ。視線をそこからアンジュに向ければ、彼女も彼女でまた複雑そうな表情をしている。
「シルヴィアが、居なかったんだ。だから聞いたら、イオンとクレアと一緒に果物を取りに船を降りたきり帰ってこないって」
「…なんでまたそのメンツなんだ。街に買い物ってわけでもないんだろう?」
「うん、一時停泊していた場所の近くに森があったでしょう?あそこに桃がなっているってきいたらしくて。」
桃。
そのたった一つの単語に、すべてを理解する。シルヴィアは昔から甘い食い物が好きだ。そして、ずっとヘーゼル村のピーチパイを食べたいといっていた。
だから、その言葉はとても魅力的だったんだろう。ただ、本物を見たことないからこそクレアとともに行くことにしたんだろうなと思う。
「…確かに、ここらへんの魔物はそこまで強くはないと思いますわ。ですが」
「最近はウリズン帝国がうろついているような話を聞いた。」
ぽつりと、そう言ったのはナタリアだ。その横でアッシュも口元に手を当てて考え込んでいる。ウリズン帝国。それはガルバンゾの敵国に当たる。
もしも、なんて考えたくはないが、思い当たる節が多すぎる。
「(塩結晶、そのあとに、キバの調査、あいつは参加していないが、アルナマック遺跡にも行っていた。つまり、そろそろサレとあたるってことか。」
クレアがいないこともつじつまが合う。ひとつ、舌打をしちまったが、一度目を閉じて、また開いて、ざわつくホールを出るために身をひるがえした。
「…青年。」
「次の任務のとき、おっさんついてきてくれ。フレンも連れてくが、正規だとはじかれるから、こっそり頼む。」
「了解。任せて頂戴。」
一瞬だけそばに寄ったおっさんが、耳打ちしてくる。それにその提案を投げかけて、ホールを出る。ともかく、準備をしなければいけない。
「ジュード。」
「え、あ…ユーリさん。」
「悪い。ちと話をさせてくれ。」
向かった先は、医務室だ。
そこには、ベットに座って考え込んでいるジュードの姿がある。声をかければ驚いたような目が俺を写す。遠慮はしない。近づいていって目の前にたった。
「素直に話してくれ、あいつはどれだけ浸食が進んでるんだ。」
記憶がオレに教えてくる。
それは、きっとシルヴィアが知らなかったあいつの時間だ。
それをオレだけが知っている。だからこそ……。
「隠さないでくれ。頼む。」
20190603
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