無機質な音がする。それは、命を伝える音。
私に、命なんてあってないようなものなのに。
ぼんやりとする頭のままに瞳を開けば薄く暗い部屋のなかで無機質な音だけを発するそれの明かりがぼんやりと光っていた。
それに加えて、私の呼吸を楽にしてくれているであろうマスクと、手首に貼り付けられているのはおそらく点滴と言われるものだ。
まさか自分がこんなものをつけられるなんて思わなかった。
『ばんえる、でぃあ、ごう…?』
私はいったいどうしたんだったけか。マスクをはずして、体を起こす。
そうすれば広くもない部屋に無理矢理押し込められたのか、ソファーに眠る黒。
それから小さなソファに小さな英雄。機械のすぐ横にジュード。私のベットによりそうように眠る桃色、優しい緑。と、なんともまぁ、こんな狭い部屋に無理にこんなにヒトが入ったものだと思う。
『心配、かけちゃったか。』
いったい私はどれだけ眠っていたんだろうか。
崩されないようにされている服できっとばれてはいないと思うけれど、きっとジュードには明らかにばれてしまっただろう。
いいわけはできない。しないし、ごまかすだけだ。その時まで。
もう一度体をベットにもどして布団をずりあげた。
早く体を動かしたい。早く状況を把握したい。早く、早く、早くとそう思ってしまうのは、私が怖いからだ。
光が差し込む。
その方向を見れば、金色の髪をなびかせた精霊の姿があった。
「シルヴィア。」
『ミラ。』
「ずいぶんと無茶をしたみたいだな。みな、心配していたぞ。」
その目は心配はしているが、怒りを確実にはらんでいた。へにゃっと力なく笑えば、さらに眉間にシワがよる。
「侵食は思ったよりも進んでいる。無茶をすればお前が呑まれるぞ。」
『知ってるよ。自分のからだだから。』
「シルヴィア」
『大丈夫。私が死んでも、次のディセンダーが来るだけだよ。なんの心配もいらないよ、ミラ。』
私の体がルミナシアの理から外れれば、きっと誰かが私を敵とする。きっとそうなる前に世界は新しいディセンダーを産み出すんだろう。
なにも知らない真っ白な子を。
それでいい。私は、それだけの存在だから。
『ミラ。私死ぬときはユーりに殺されたい。』
「それは本人にいえ」
『いやだよ、ミラがユーリに焚き付けて。私じゃ怒られちゃうから』
ぽつりとだした本音に、からだがまだ疲れていると訴える。
早く眠れ、癒すために眠れ、逃げるために眠れ、いったい眠ることにどんな理由が必要なんだろうか。
ぎしりと音がした。
音がしたけど、私の瞳はもう開かなかった。
眠い、もう少しだけ眠らせてほしい
あぁ、起きたら、眼が覚めたら
『…帰り…たいよ…ユぅ…リ』
あの日捨てた、指輪をくれたあなたのもとへ、
#Side Yuri
意識を完全に落とす時の方が少ない。
だからこそ、シルヴィアが目をさましたのも何となく把握したが、体はおこさなかった。
会話だけは全部聞いていて、知らぬ間にこぶしを作り、握りしめ、血がにじむ。
4日前。
シルヴィアを誘ってちょっとしたクエストにいこうと思っていたのだが、すでにその姿はなく、どこにいったのかと思えば、ホールに駆け込んできたのは、気を失ったカイルを背負う血まみれのしいなで、その場にいたアンジュが悲鳴をあげた。
任務である塩結晶は無事回収した。
だが、問題はその手前だった。
「カイル!!」
「途中で気を失っちまって、ロニ、リアラ、カイルの治療お願いできるかい?」
「も、もちろん!」
「あぁ!」
血まみれのカイルを見て血相を変えて飛び出してきたのは彼と共に異世界から来た組だった。ジューダスもひどく難しい顔をしているが、明らかに人数がおかしい。二人だけじゃないはずだ。
息を切らせたまましいなが動き出そうとして、表情を歪めて崩れる。
この場に来て気が緩んでからだの痛みがぶり返したんだろう。その視線がさ迷って、俺を見つけて「ユーリ!シルヴィアが!」と一番にいった。
は?シルヴィア?と固まる俺をよそに、「シルヴィアがどうしたんですか!!」とイオンがしいなに駆け寄っていく。その白い衣装が汚れるのも構わずに、しいなの手をとって瞬時に傷を癒し始めた姿を見て、一瞬にして血の気が引いていった。
なぜ、ここにシルヴィアがいない。負傷した二人はまだ軽傷なほうか。カイルのあの血は、誰の、ものだ。
「ミント、ミントはいるかい!!それかナタリアっ、治癒術が使えてすぐに動けるのは」
「私は行けますわ。」
「えぇ、私も行けます。」
「っシルヴィアが私らを先に逃がしてくれたんだ、あの子が一番けがしてたっていうのに!!」
頭が真っ白になる。瞬間、走り出していた。誰かが俺の手をつかんだが、それすら振り払い。俺の横をフレンが続いた。フレンも治癒術は使える。ありがたい。
突発的に組んだパーティだったが、前衛に俺とフレン、中衛にナタリア、後衛にミントとバランスはまず問題なかった。
船を降りて、シルヴィアたちが開けたであろう、下層まで続くその道を、文字通り魔物を蹴散らしながら降りていく。
その途中で、ボロボロになりながら、階段を上ってくるジュードの姿をみて、その背に背負われているシルヴィアをみて、絶句した。
「シルヴィアさん!!」
「っジュード、あなたもひどい怪我ですわ!!どうしてこんな!」
完全に血の気を失ったシルヴィアの顔は、死んでいるように見えた。俺たちの姿をみて気が抜けたのか、膝から崩れかけたジュードの体をフレンが支えて、彼の背に背負われていたシルヴィアはナタリアの手によって下ろされる。
だらりと重力に逆らうことなく、力なく垂れた腕に、また一筋血が滑って落ちていく。
難しい顔をしたまま、その場で治療が進められていく。
治療道具はないが、せめてもと、ジュードがシルヴィアに着せていた上着が彼女から熱を奪うのを少しでもおくらせていたんだろう。止血するために、ミントとナタリアが必死にシルヴィアに治癒術をかけてた。
その横で、フレンもジュードに治癒術をかけているのが見える。こういうとき、治癒術が使えない俺にはなにもできない。そう思って下がろうとしたときに、『ゆーり、』とわずかに聞こえた声に、振り替える。
なにかを探すようにさ迷うシルヴィアの指先と、伝った涙。うっすらと開いた瞳はいっそなつかしい紅玉。
さ迷わせていた手をしっかりと握りしめてやれば何度も何度も俺の名を呼ぶシルヴィアになにもできない自分に腹が立って涙が出た。
船に戻れば、シルヴィアの血で濡れたミントとナタリアに今度絶句するのがクレスやアッシュで、支えられていたジュードに膝蹴りをかましたシンク。
俺の腕に抱き抱えられていたシルヴィアに悲鳴をあげて駆け寄ってきたイオンやカノンノととんでもない大騒ぎになった。
最初はまっすぐ医務室行きだと思っていたが、ジュードがそれをよしとしなかった。
それはシルヴィアがディセンダーだから。
ここにきてディセンダーを使ってくるあたり、こいつは考えている。
だから、医療器具やら何やらをシルヴィアの部屋にぶちこんで、最初は俺がすぐに気がつけるようにソファーを、動けるようになったカイルが小さなソファーを。んでそばにいたいとカノンノとイオンが部屋にこもるようになった。
いれかわり立ち代わり、シルヴィアの様子を見に来るやつらもいたし、ルークに至っては国から医者を呼ぶと大騒ぎして、そこでもひと悶着あった。
あぁ、だが、ディセンダーだからという訳でもなく、シルヴィアは自然とこの場所に馴染んで生きていた。
なのに、
『ミラ。私死ぬときはユーリに殺されたい。』
彼女はいっそ、死を望んでいる。
それも、俺に殺されることを。
どうしたらいい。俺は、彼女と生きていたいのに。
190224
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